第23話

「Tシャツとかだったらたぶん…あ、これでいいや。下はー…」


 すぐに目についた白い無地のTシャツを取り出して頭から被る。先程の比ではない悠人の匂いに、未だ顔は熱いし心臓はうるさいが、それらはとにかく無視をした。


 着てから姿見を確認すると、ただのTシャツであるのに裾が余裕で膝上近くまで来ており、袖も肘より下になっている。


「でか…いや、当たり前か。悠人のだし」


 しっかりと確認してはいないが、悠人の身長はおそらく百八十センチほどあるはずだ。


 それに比べて私の身長は百四十六センチ。平均身長には遠く及ばず、同年代の中でもかなり小さい部類だ。


 大まかに計算してみても差は三十センチ以上。

 これだけ身長差があればただのTシャツがブカブカでもおかしくない。


「下…ってなんか、借りるの気が引けるな…」


 とは思いつつ、一応楽そうなズボンを探してみたのが、どう考えても脚の長さが違いすぎて、一度取り出して履くことなく元に戻した。人様の服を引き摺って歩きたくはない。


(どうしよ…下は諦めるか)


 渋々ながら決心し、姿見を確認する。

 このままでも丈的にはほばワンピースだ。そんな感じで、まあ大丈夫なのではないだろうかと、なかば投げやりに思った。


「うん、大丈夫。全然いけるいける」


 荒らした服をたたみ直して、クローゼットを閉じ、悠人の部屋を後にする。


 結局、下着の上に白いTシャツ一枚だけという、なんとも言えない格好ではあるけれど。まあ大した問題はないだろう。


 グラマラスセクシー美女でもあるまいし、色気の欠片も無い私がTシャツ一枚で居たとしても悠人がどうこうなるとは思えない。


 そう結論付けてそれ以上は考えないことにした。


 その後自分の部屋からお気に入りの漫画を四冊持ってきて、リビングのソファに腰をおろした。その中の一冊を読み始める。


 二冊、三冊と読み進め、四冊目の終わりに差し掛かった頃に、玄関の方からドアを開く音がした。壁にかかった時計に目をやると、時刻は大体七時過ぎ。この家に帰ってくるのは一人だけだ。悠人が帰ってきた。


 そう思った直後、リビングの扉が控えめな音を立てて開いたので、私はそこに居るであろう人に向けて、振り向きながら声をかけた。


「おかえり、悠人」

「ん、ただいま」


 ふわりと笑って、すぐに返された『ただいま』に、心がじんわりと温かくなる。ここに居ていいと肯定されているようだった。


 けれどそんな喜びを噛み締めている私とは対照的に、悠人は普段となんら変わらない様子だった。一人で浮かれてしまったみたいで少し恥ずかしい。


「えっと…お疲れさまです」


 視線を逸らして労いの言葉を続けると、今度はすぐに悠人が動く気配がした。扉から一直線に歩いてきたかと思えば、ソファに座っている私の真横にドカりと腰をおろす。


 そして悪戯っぽい笑みを浮かべながら、突然私の膝の上に頭を乗せた。


「癒して」

「ちょっ、悠人!」

「……何」


 唐突なその行動に気が動転した私の声に、返されたのはやや不満そうな声。膝の上からこちらを見上げてくるその表情も、文句でもあるのかとでも言いたげだった。

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