ep.5 私の新しい日常
第22話
「ただいまー…」
玄関に入るなり小さくそう言って、そのまま広いリビングに向かう。
如月の存在と友人三人からの質問攻めで無駄に疲れた学校を終え、真山さんにマンションまで送ってもらって。
やっと帰って来たけど家を出る時に悠人が言っていた通り、悠人は家に居なかった。
「……漫画読もうかな」
そんな事をぼそっと呟く。家族で住んでいた家と違って悠人の家はだいぶ広い。
だからなんとなく、一人で居るのは寂しくなりそうで。そんな思考を誤魔化すために、私は制服を脱いで着替えを探した。
のだが、
「私の着替えってどこにあるんだろ……」
下着姿で呆然とする。
私の部屋らしき場所にはTシャツの一枚も無かった。
だけどリビングにも無くて寝室にも無くて。
後は悠人の部屋らしき場所だけなんだけど、悠人の部屋に私の服なんて無いだろう。
「ど、どーしよ…」
制服のワイシャツとスカートをもう一度着ればいいんだろうけど、それは嫌だ。
外の匂いが付いてる服を室内で着るのはどうしても気持ちが悪い。
「悠人の服って…借りてもいいかな……?」
さすがに悠人が私を好いてくれているとはいえ、自分の家に下着のままで居られたら気分が悪いだろうから。
「勝手に着るのはあれだよね。電話電話…っと」
リビングのテーブルに置いてあった赤いカバーのスマホに手を伸ばして、悠人に電話する。
あ、仕事中に電話って迷惑かも。
『……はい』
「あっ!は、悠人…?」
唐突に繋がった事に慌てながら、悠人の声にほっとしている自分がいた。
「あの、悠人の服って借りてもいい…かな?」
『俺の?別に構わねえけど……それが用件か?』
心なしか悠人の声が低くなっていく気がするのは気のせいだろうか。
「え?そ、そうだけど……他に何かあったっけ」
だけど私は特に何かをした覚えは無い。
『俺の服を借りたいって事が無かったら電話しなかったってか?』
「う、うん………あ」
一層低くなった悠人の声に内心びびりながら、その言葉でようやく悠人の言いたい事がわかった。
───帰って来たら電話してくれ。
家を出る前にそう言われていたんだった。
『忘れてたのか』
「ちがっ…忘れてた訳じゃなくて…」
『帰ったらお仕置きだな。楽しみにしてろ』
「はっ⁉︎ちょ、待っ…‼︎」
プツッ───
言い切る前に途切れた通話。耳に響く虚しい電子音に、悠人の言葉への不安がじわじわと助長されていく。
「お仕置きって何…」
唖然としたまま、思わず口から零れた。とにかくロクでもないことなのは、もう既にわかる。
(…と、とりあえず服、悠人の服を借りて着よう)
まずは当初の目的を果たさなければと、一旦悠人の衝撃的な言葉を横に置き、リビングから廊下へ出た。寝室の隣にある悠人の部屋の扉を、誰も居ないとわかりつつ、一応ノックをしてから開け、中に入る。
初めて見るその室内は至ってシンプルで、基調は黒だった。全体的に物は少なく、仕事用らしきデスクとチェアの他にはリビングの物よりも小さめのソファがある程度だ。
「これは…落ち着くな…」
あまりじろじろと見るのもどうかと思いながらも、けれど好奇心には勝てなかった。部屋の中をぐるりと見回し、思わずそんな呟きが漏れる。
もっと幼い頃から黒色が好きなのだ。雑に言えば暗い色が全般好みだった。理由は単純に落ち着くから、なのだが、そういう点でこの部屋の落ち着き具合は最高である。
「って、そんなことよりも服だ、服…」
また別のことに引っ張られていたが、目的を思い出してそそくさとクローゼットに向かう。
失礼しますとひとこと口にしてから扉を開けると、ふわりと悠人の香りに包まれた。
(う、わ…)
ただそれだけのことで、心臓はドクドクと主張を激しくし、顔に熱が集まるのがわかる。
悠人に抱きしめられたときも、キスされたときだって、この匂いに全身を支配されるのだ。
急激にそれらの記憶が溢れてきてしまい、どこかに隠れたいような気持ちになって、扉を閉じかけた。
けれどそれでは駄目だ、しっかりしろと心の中で叱咤して、なんとか着られそうな服をを物色する。
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