ep.2 私の婚約と婚約者
第10話
閉じた瞼を通って感じる暖かい光。
気持ちの良いまどろみの中にぼんやりと意識が浮上する。
(あったかい…)
全身を包む温度が心地よい。
もっとその暖かさに触れたくて、近くにある熱に擦り寄った。
「………か」
静かな声が聞こえる。
呼ばれている気がするけど、まだこのまどろみから抜け出したくはない。
「…い、央華」
「んぅ……まだ寝る…」
私にもこんな甘えた声が出せるんだなと、そんな事を思いながら近くにある温かなものに腕を伸ばす。
温かくて、大きくて、安心する。
ずっとこのままでいいのにと、小さく笑った。
「…あー……もう知らねえからな」
唐突に鮮明に認識したその不穏な声に、あれ?と思った瞬間、全身が熱に包まれる。
「んー……ん?」
やっと覚醒した瞬間に目に入ったのは肌色。
それが目の前で眠る男の胸だと気づいたのは、それから数秒遅れてからだった。
「───〜っ!!!」
脳が理解するや否や、あわてて身体を離そうとしたものの、背中と腰に回った力強い腕にがっちりと固定されてて失敗に終わる。顔は確実に真っ赤だ。
(なんでっ…?………あ)
混乱する思考をかき集めて記憶を辿ると、もしかしなくても、この状況を招いたのは他でもない私自身のような気がする。
「…って、そうじゃないよ、騙されるな」
危うく自分のせいにする所だった。まずそれ以前に問題があるではないか。
「悠人っ」
名前を呼びながら目の前の胸を力いっぱい叩く。抱きくるめられていて上を向く事ができないから、とりあえず反応があるまで叩きまくる。
「痛え。……っ痛えって、やめろ央華」
もそもそとした抗議の言葉と共に背中に回されていた腕が動き、悠人の胸を連打していた腕を止められた。その掠れた声が頭上から聞こえた事に、体温がまた上がる。
なんだかんだと言いながら、私は悠人みたいな整った容姿は嫌いじゃない。
というかこの顔が嫌いな人間は居ないと思う。だからこそ私の体温はさっきからあがりっぱなしで。
「っ…なんで悠人が同じベッドで寝てるの⁉︎というかここどこ⁉︎」
そう、そもそもの問題はそれだった。
昨日、私の『一生誰ともセックスしたくない』発言に対して、
「今はそれでいい。じっくり俺が変えてやるよ。俺無しじゃ居られねえようにするんだからな」
と、あまりにも自信たっぷりに言い放った悠人は、その後私を連れて東堂の家を出た。
またお姫様抱っこで車に乗せられたかと思えば、今度は車内で膝枕させられて思いきり動揺したのは覚えている。
そんな私のことなど知ってか知らずか、さっさと寝息をたて始めた悠人のことを恨めしく思っていると、ふと、柔らかそうな癖っ毛が目に入ったのだ。
どうせ気づかれないとその髪に指を入れ、梳いたり撫でたりして遊んでいたのだが、そのまま私も眠ってしまったのだろう。
そして───起きたらもう朝で、全然知らない部屋に居て、隣にはなぜか上半身裸の悠人が私を抱きしめて寝ていた。
まったく状況が理解できない。
「ほらっ…起き、て!」
なんとか身をよじって悠人の腕の中から脱出し、その腕を引っ張って悠人を起こす。
「んだよ…人が起こした時は甘えて擦り寄ってきたくせに」
「そっ…れは……寝ぼけてただけで…」
昔から自分の寝起きの行動は無意識的すぎてどうにもならない。
だけどまさか出会って一日も経っていない男の人に擦り寄るなんて。恥ずかしすぎる。穴があったら埋まりたい。むしろ今からでも穴を掘りたいくらいだ。
「…それで、ここどこ?」
赤い顔を隠す様に俯きながら尋ねる。
「ん、ここは俺の家。今日から央華もここで暮らす」
「悠人の家?一人暮らしなの?」
「今日からは一人じゃねえけどな。おまえの荷物は隣の部屋にあるから、学校から帰ったら整理しとけ」
「あ、うん」
あまりにも当然のことのように言われ思わず勢いで頷いたが、これからは悠人と二人暮らしということだろうか。
明らかに極道者という雰囲気の人達が居ない環境は嬉しいけれど、悠人が果たして安全かと問われればどうだろう。疑問である。
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