第6話
今朝、いつもと同じ様に私と姉を見送り、自分もパートに向かおうとした母の前に、急な来訪者があった。
見るからにガラの悪そうなその二人組の男は、いわゆる闇金融の取り立てだったらしく、母に二億の借金があると言いだしたとか。
もちろん母はそんな借金に覚えは無い訳で。うちは貧乏ではあったが、闇金から借金をしたりはしなかった。
ならばなぜ。答えはすぐにわかった。
原因は私達の父親だ。
何をどうやったのかは知らないが、母は馬鹿親父の馬鹿でかい借金の返済に巻き込まれたらしい。
そんな状況はそうそうあるものじゃなく、どうすればいいのかわからなくなった母は、高校の同級生だった東堂誠勝という男を頼ったのだ。
「東堂誠勝というのは俺の父で、この東堂組の組長の事です。彼は友人である恵子さんの相談に、とある打開策を提案しました」
「打開策…?」
それまでは無言で聞いていた姉が呟いた。
私的にはお母さんが裏社会の組長さんと友人だったって事の方が驚きだ。父親の金遣いが酷いのは幼い頃から知っていた事なので、そちらは驚きよりも怒りが湧く。
「打開策ってなんですか?」
「そうですね…うちの組で恵子さんの借金を肩代わりし、金ではない方法でそれを返してもらう、と」
お姉ちゃんの問いに答える悠人。
なるほど。だいたいの状況は飲み込めた。
どれだけ頑張ってもうちが二億なんてお金を用意できる訳がない。けれどこの東堂組にはそのお金があるのだろう。
代償と言えば聞こえは悪いかもしれないが、お金の代わりに別のもので手を打つよということだ。
「ですが親父はその代わりが見つからないと言いだしまして。俺に丸投げされて今に至ります」
「丸投げ!?」
思わず叫んだのは私。
組長さんが丸投げとかして大丈夫なのだろうか。
それならもういっそ代償とか要らないと言ってくれないかと思う。そう簡単な話ではないというのはもちろんわかっているが、そうなってくれたらどれだけありがたいことか。
「それで、結局金ではない方法って…?」
その質問はまた姉から。
上品でおしとやかに見える今の姉は完全な外面モード。何人の男がこの外面に騙されてきたのか、考えるのも怖いくらいだ。
けれどそのうちの誰しもが玉砕したのは言わずもがな。なぜなら彼女が狙っているのは金持ちで見目も良いハイスペックな男だから。
もしかしたら悠人に興味があるのかもしれない。二億をポンと肩代わりできる東堂組組長の息子で若頭、財力は申し分なさそうだ。おまけにこの容姿である。
「金の代わりに」
一人で別世界に飛んでいた私の耳に悠人の声が届く。
「央華を俺の花嫁として、うちの組に迎えさせて頂きます」
───央華を俺の花嫁として
誰を、誰の、何に?
───央華を俺の花嫁として
私を、悠人の、花嫁に?
「………はぁ⁉︎」
この男は自分が何を言ってるのかわかっているんだろうか。
「え…、ほ…本気で言ってるんですか…?」
姉も唖然としながら問いかける。
『結婚』という方法自体は頭に浮かんでいたのかもしれないが、けれどそれで選ばれるのがまだ高校生になったばかりの妹の方だとは思っていなかったのだろう。外面モード全開だった神妙な表情は口をあんぐりと開けた驚きの表情に変わっていた。
姉の表情の変化を観察できる程度には冷静な部分があるな、と思った私も、それはそれとして当然悠人を問いただしたかった。
花嫁って何?
借金の代わり?
なんで私?
疑問は尽きることなく湧いてくる。
こちとら花も恥じらう女子高生ではあるが、友達の恋話を聞いたりとか、漫画やドラマで見るだとかでしか恋愛というものに触れられていないのに、それを飛び越えて我が身に降りかかったのが『結婚』とは。
そんなの衝撃が大きすぎて、思わず叫んだもののどうしていいのかわからない。
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