第2話

「早く高校卒業して家出ていけばいいのになあ…」


 そんな呟きが漏れるのは、この生活の中に居れば仕方のない事だと思う。

 実際、姉本人も早く家を出たがっている。


 私は決して姉が嫌いな訳ではない。

 彼女はクラッシャーで、たまに母にも手をあげたりはするが、妹である私に狂った様な怒りを見せる事はほとんど無いのだ。


 私が作ったご飯も食べないことはあっても、文句を言うことはもちろん、怒り狂うなんてことは一度も無く、お互い高校生になった今では、昔はよくあった軽めの喧嘩すらなくなった。

 二つしか歳は離れていないが、可愛い妹として可愛がってくれている。なんなら甘やかされているなと思うほどだ。


 けれどそれとこれとは別問題。

 彼女がこの家に居る事によって、私の平穏が崩されているのは事実だった。


 夜になってから母と姉の喧嘩が始まった日なんかは、関係のない私も眠れない状況に陥ってしまう。
 やはり親子、血は争えないと言えばいいのか、母と姉は似たもの同士で、怒りのぶつけ方や発散方法がよく似ている。


 だからなのか二人の喧嘩はいつも激しくて、大抵終わりが見えない。

 お互いストレスは溜まりっぱなしだろう。


 どちらかが引くことを知っていれば、もう少し短く静かな喧嘩が出来るのだろうが、そのことで二人と闘う気力は私には無かった。


「最近は進路の事で毎日夜中まで喧嘩してるし…ちゃんと寝れてないんだよなあ…」


 大学に行きたい姉と、大学に行くなら奨学金制度を使ってくれと言う母と、毎日毎日、顔を合わせば言い合っているのが近況だ。


 私としては何を揉める事があるのか、と言いたい事態なのだが、どうやら姉は奨学金制度を使いたくないらしい。

 その理由もあれこれと喧嘩の最中で言っていたはずだけど、正直訳がわからなさすぎて覚えていない。


 誰も居ない家の中でため息と共に独り言を呟きながら、ブレザーを脱いでハンガーにかける。


 家に着いたらすぐ着替え。

 これも幼い頃からの癖というか決め事だ。とにかく外の匂いを家の中に持ち込みたくない。

 部屋着兼パジャマの黒のスウェットに着替え、ようやくリラックスモードに入る。


 ここから母や姉が帰ってくるまでの数時間は、誰にも邪魔されない私の自由な時間だった。


 六畳の和室の隅に置かれた黒のカラーボックスと大きな本棚は私のスペースだ。


「今日はゲームか漫画か…」


 本棚とカラーボックスの前で胡座をかき、腕を組んで首をひねる。百八十センチはある本棚は漫画で埋め尽くされ、カラーボックスにも漫画と携帯ゲームの本体といくつかのソフトが並べられている。


 これは私の癒し。いや、現状では生きる意味と言ってもそれなりに過言ではないかもしれない。


「よし、今日はゲームかな」


 手にしたのは赤いカラーリングの携帯ゲーム機と一ヶ月前に発売したばかりの乙女ゲームのソフト。ちなみにタイトルは『クラウンオブデスティニー』という。


 魔法王国の女王の候補者である主人公が自身の過去や渦巻く陰謀、ライバルとの激しいバトルを乗り越えながら、未来と攻略対象の心を手に入れる物語だ。


「フルコンプまであと二人だっけ。エンディング数多いからスチル回収も結構大変だな」


 次の攻略ルートは王城医術師ルートとして、スキップ機能を駆使しながら早速攻略を開始する。

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