赤い印
部屋の壁に掛けられたカレンダーは、去年からずっとそのままになっていた。新年を迎えたとき、取り替えようと手を伸ばしたが、なぜか指先が震え、触れることができなかった。古びたカレンダーの紙は黄ばんでいて、ところどころ黒ずんだ染みが浮かんでいる。それでも何かに取り憑かれたように、僕はそのカレンダーを外せずにいた。
気になったのは、カレンダーのいくつかの日付に赤い丸がつけられていたことだった。最初は自分でつけたものだろうと思ったが、どの日付にも心当たりがなかった。ペンの跡は妙に生々しく、乾いたはずのインクがじっとりと滲んでいるように見えた。
最初の異変は3月3日だった。カレンダーの赤丸を見つけた翌日、近所の公園で猫の死骸が見つかったというニュースを耳にした。ひどく切り裂かれたその姿が、どこか人の手によるもののようだと噂になっていた。僕は偶然だろうと自分に言い聞かせた。けれど3月15日、また新たに赤丸が増えた日、今度はアパートの向かいの老人がベランダから転落して亡くなった。
赤丸は日に日に増えていった。4月10日、隣の部屋の住人が行方不明になった。4月25日、職場の同僚が突然の心臓発作で倒れた。そして、どの事件も赤丸の日付の翌日に起こっていた。カレンダーは未来の不幸を予告しているのではないかと、僕は次第に疑うようになった。
ある夜、寝苦しくて目を覚ますと、部屋の隅にあるカレンダーがカサリと音を立てて揺れていた。窓は閉まっていて、風が入るはずがない。背筋が凍る感覚を覚えながらも、僕は意を決してカレンダーに近づいた。そして、ぞっとするものを目にした。カレンダーの日付が一つ一つ、赤黒く滲んで動いているのだ。じわじわとインクがにじむように広がり、明日の欄に赤い丸がゆっくりと浮かび上がった。
その瞬間、耳元で誰かの息遣いがした。冷たい吐息が首筋をなぞる。振り返ったが、誰もいない。ただ部屋の闇が濃く淀み、何かがこちらを見ている気配だけが漂っていた。
翌朝、僕は警察に通報した。カレンダーを見せて調査を依頼したが、警察官は怪訝な顔をして首を振った。「何もおかしな点はありませんよ。ただの古いカレンダーです」と言われたのだ。けれど、帰り際、若い警察官がふと呟いた。「そういえば、ここ、去年も住人が急死してますね」
そしてその日の夜、カレンダーを見上げた僕は、あることに気がついた。赤丸は今日の日付にもしっかりと刻まれていた。
次の日、僕は姿を消した。部屋には何の争った跡もなく、唯一異常だったのは壁に掛かったカレンダーだけだった。それは血のような赤いインクでぐちゃぐちゃに塗りつぶされ、もはや日付すら判別できない状態になっていたという。
しかし、後日この部屋に新しい住人が引っ越してきたとき、壁には新しいカレンダーがかけられていた。最初から、いくつかの日付には赤い丸がついていた。
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