三角コーン

大学生の直人(なおと)は、深夜のバイトを終えて自転車で帰宅していた。


時刻は午前1時過ぎ。住宅街の狭い路地は静まり返り、街灯がぼんやりとオレンジ色の光を投げかけていた。


ふと、前方に異様な光景が広がっていることに気づいた。


——赤い三角コーン。


1つ、2つ、3つ……数えていくと、道の両側に数メートル間隔で20個以上並んでいる。まるで何かを囲むかのように、一定の距離を保ちながら奥へと続いていた。


「工事……じゃないよな?」


近づいても工事の看板も、バリケードもない。コーンはどれも泥で汚れていて、何かがこびりついたような黒い染みがある。


気味が悪い。


自転車の速度を緩め、ふと目に入ったコーンを覗き込むと、黒いマジックで数字が書かれていた。


「1人目」


「1人目……?」


直人は眉をひそめた。こんな落書き、誰がしたんだろうか。


次のコーンが見えた。


「2人目」


「なんだよ、これ……」


背筋がじわりと冷たくなった。


もう帰ろう。そう思ってペダルを踏んだが、次のコーンが視界に入る。


「3人目」


その瞬間——


カタン。


背後で、コーンが倒れたような音がした。反射的に振り返る。


——何もない。倒れているコーンもない。


「気のせいか……」


しかし、その場を立ち去ろうとした時、スマホが震えた。バイト仲間の健太からだった。


健太:「今、お前の後ろにいるヤツ、誰?」


血の気が引く。


後ろを振り返る。


街灯の下に並ぶ赤いコーン。その中に、人影が一つ混ざっていた。


身長は直人と同じくらい。顔は赤い三角コーンで隠れていて、泥まみれの作業着のようなものを着ている。


「誰だ……?」


心臓が早鐘を打つ。足がすくみ、自転車のペダルが重く感じられる。


視線を戻した先に、次のコーンがあった。


「4人目」


——これは、誰かを数えている。


直人の思考がそこにたどり着いた瞬間、後ろで「ザッ」と足音がした。


「やばい!」


直人は全力で自転車を漕ぎ始めた。


猛スピードで走る中、コーンの横を次々と通り過ぎる。


「5人目」

「6人目」

「7人目」


「ダメだ、追いつかれる……」


背後からは足音がついてきていた。


ザッ、ザッ、ザッ。


直人は自宅のある交差点に差し掛かり、右に曲がる。自宅はもうすぐだ。


——しかし、曲がった先にも赤いコーンが並んでいた。


「なんで……!?」


コーンはやはり一定の間隔で並び、どれにも黒字の数字がついている。


そして、次のコーンにはこう書かれていた。


「8人目」


直人のスマホが再び震えた。今度は通知音が鳴らず、画面が勝手に開いた。


LINEの画面に知らない相手からメッセージが届く。


「次は、お前。」


「嘘だろ……」


パニックでスマホを落とす。その瞬間、前方にコーンをかぶった人影が立っているのが見えた。


ブレーキをかける暇もなく——


ドンッ!


衝突の衝撃で自転車ごと倒れ、アスファルトに投げ出される。頭を打ち、視界がぐらつく。


倒れたまま、朦朧とする目で前方を見た。


コーンの人影はゆっくりとこちらに歩いてくる。


その時、月明かりがその姿を照らした。


——顔がなかった。


頭部には赤い三角コーンがすっぽりとかぶせられ、泥と血で汚れた手がコーンを掴みかけていた。


次の瞬間、コーンがガクンとずれて、その下の「顔のない頭部」が露わになった。


口がないのに、耳を裂くような声が響いた。


「イチ、ニ、サン、ヨン……」


数える声が耳をつんざく。


直人が悲鳴を上げると、コーンの人影が腕を伸ばした。


バッ!


顔に何かが覆いかぶさった瞬間、視界が真っ赤に染まり、呼吸ができなくなった。


——三角コーンを被せられた。


暗闇の中、声だけが響く。


「9人目 完了。」


翌朝、直人の母親が警察に通報した。夜になっても帰ってこず、連絡もつかない。


警察が路地を捜索し、直人の自転車を発見した。


その傍らには赤い三角コーンが一つ。黒いマジックでこう記されていた。


「9人目 済」


直人の姿は消え、見つからなかった。


ただ、その日を境に、近隣の路地で赤い三角コーンが増え続けるという奇妙な現象が起き始めた。


そして1週間後、直人の友人・健太が深夜に通った路地で、真新しいコーンを目にした。


「10人目」


健太はスマホを取り出し、その不気味なコーンを撮影しようとした。


画面を見た瞬間、後ろから赤いコーンをかぶった「顔のない人影」が迫っているのが映り込んだ。


「えっ……?」


「次は、お前。」


その声が響いた時には、もう遅かった。

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