白い歯

ユウカは最近、ある不気味な夢を見るようになっていた。真夜中の鏡の前で歯を磨いている自分の姿。しかし、鏡に映る顔は次第に歪み、笑いながら血だらけの歯を見せつけてくるのだ。そのたびに彼女は飛び起き、心臓を押さえて冷や汗を拭う。


「ただの夢だよね……」

彼女はそう自分に言い聞かせていたが、夢を見るたびに現実と悪夢の境界が薄れていくような感覚に襲われていた。


ある日、ユウカは新しい歯磨き粉を買った。地元のドラッグストアで見つけたそれは、どこのメーカーかもよくわからない商品だったが、パッケージに書かれた「輝く白い歯を手に入れる」というキャッチコピーが目を引いた。最近、歯の黄ばみを気にしていたユウカは、その歯磨き粉を試してみることにした。


「これで少しは綺麗になるといいな」

そう言って歯ブラシに歯磨き粉を絞り出すと、独特の黒っぽいペーストが出てきた。見た目は奇妙だが、ミントの香りが強く、清涼感のある味だった。初めて使った夜、ユウカは鏡の前で歯を磨きながら、ふと奇妙な感覚を覚えた。


「……なんだろう、この違和感。」

歯ブラシが歯に触れるたびに、ピリピリとした痛みが走る。それでも、使い始めたばかりだからと気にせず磨き終わった。その夜、再び同じ夢を見た。鏡の中の自分が血まみれの歯を見せて狂ったように笑っている。ユウカは飛び起き、胸を押さえながら震えた。


数日後、ユウカは鏡の前で異変に気づいた。歯が異様なほど白くなっている。だが、それ以上に気になったのは、歯茎の色が不自然に黒ずみ始めていることだった。心配になって歯医者に行こうとしたが、仕事が忙しく、予約を取るのを先延ばしにしてしまった。


その夜、ユウカは歯磨きをするたびに血の味を感じるようになった。ペーストを吐き出すと、それはピンク色ではなく真っ赤だった。驚いて口をすすぐと、鏡の中の自分が一瞬笑ったように見えた。


「……気のせいだよね」

そう呟きながらも、心臓は早鐘のように打ち続けていた。


翌朝、目を覚ましたユウカは異様な感覚に襲われた。口がうまく動かない。鏡を覗くと、彼女は絶叫した。歯が一本も残っていなかったのだ。代わりに、歯茎には奇妙な白い物体が埋め込まれていた。それはまるで歯の代わりに生えてきた何かの骨のようだった。


震える手で顔を触り、叫びながら歯磨き粉のチューブを掴んだ。裏側を見ると、小さな文字でこう書かれていた。


「あなたの歯を完璧な白さにするために、魂を代償にいただきます。」


その夜、ユウカのアパートから二度と彼女が姿を見せることはなかった。後日、管理人が部屋を訪ねたとき、鏡の前で何かが落ちるような音がしたという。部屋に踏み込むと、床には無数の血まみれの歯が転がっており、鏡には真っ赤な文字が浮かび上がっていた。


「次は、あなたの番。」


鏡の中の彼女は、白い歯を輝かせながらにやりと笑っていたという。

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