背中の声

隆司は、数日前から背中に奇妙な痒みを感じていた。最初は虫刺されかと思い、市販の薬を塗ったが、一向に治る気配がない。むしろ日を追うごとに痒みは増し、夜も満足に眠れないほどだった。


「病院に行った方がいいのかな……」


鏡で確認しても、赤くなっているだけで異常は見当たらない。それでも爪で掻くと、皮膚が熱を帯びたように痛む。


ある晩、痒みがいつにも増して酷かった。隆司はベッドで身悶えしながら、どうにか背中を掻こうと腕を伸ばすが、痒みの中心には指が届かない。苛立ちに任せて、近くにあった孫の手を使って掻きむしった。その瞬間、ゾワッとした感触が背中全体を走り抜けた。


「なんだ、これ……」


痒みが消えた代わりに、背中から微かな音が聞こえたような気がした。


「ありがとう……」


隆司は思わず振り返ったが、部屋には誰もいない。ただの気のせいだと自分に言い聞かせ、布団をかぶった。しかし、それから毎晩、痒みが現れるたびに、掻くと声が聞こえるようになった。


「もっと……」

「そこだ……」


背中から聞こえる声は次第に明瞭になり、隆司は恐怖を覚え始めた。


次の日、彼は仕事を早退し、皮膚科を受診することにした。診察室で医師に背中を見せると、医師は眉をひそめた。


「これは……何か刺さっているように見えますね。少し調べてみましょう」


医師がピンセットで背中をつまむと、隆司は鋭い痛みを感じた。そして、何かが引き抜かれる音がした。


「……!」


医師の手元には、小さな何かがぶら下がっていた。それは細い糸のように見えたが、よく見ると生き物の触手のように蠢いている。


「これは……?」


医師が怪訝そうな顔をしている間に、糸は黒く焦げるように縮み、跡形もなく消えてしまった。その瞬間、隆司の背中の痒みも消えた。


「今の……なんだったんですか?」


医師は首を振っただけで、答えを返さなかった。


それから数日、痒みは完全になくなり、隆司は久しぶりに穏やかな日々を過ごしていた。しかし、その安堵も束の間だった。


ある夜、布団に横たわる隆司は、再び背中に奇妙な感触を覚えた。今度は痒みではなく、微かな振動のようなものだった。恐る恐る手を伸ばして触れると、硬い突起のようなものに指が触れた。


「何だ……?」


鏡の前で確認しようと背中を覗き込むと、そこには小さな穴が開いていた。その穴から、赤黒い何かが蠢いているのが見えた。


「うそだろ……!」


その瞬間、背中から聞こえる声が囁いた。


「ありがとう……もうすぐ、外に出られる……」


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