第30話 もしかして、涼葉先輩って――
「二次元ライバーの件か」
「はい」
「そう言えば、椿はその活動をするって言っていたよね。それで、その活動はどんな感じなんだ?」
「私はそこまで本格的な活動はしてないんです。なんて言いますか、準備をしている段階なので」
「そうなのか。まあ、準備は必要だもんな」
二次元ライバーになる場合、初期投資としてパソコンを購入したり、アバターの作成をしたりと、そういった準備が必要になるのだ。
「先輩には、その件について相談したいと思っていまして」
普段は無口なのだが、今日に限っては結構色々なことを話してくれる。
よほど話かった内容なのだろう。
「でも、これ以上の話は別のところで話したいので。別の場所に行きませんか?」
「ああ、わかった。でも、俺ら今から購買部でパンを買う予定だったから。購入してからでもいいか?」
「はい。わかりました。先輩は、涼葉先輩と一緒だったんですね」
「そうだよ。だから、三人で昼食を取ることになるけど、それでもいいなら」
「私は別に気にしませんけど」
椿は少し考えた顔を一瞬見せたものの、潔く承諾してくれたのである。
斗真と
椿を長く廊下で待たせるわけにもいかず、手短にパンと飲み物をワンセットで購入する。
会計を済ませ、二人は椿の元へ向かう。
「では、行きましょうか。先輩方は、どこで食べる予定でいましたか?」
三人は購買部前の廊下で合流する。
「俺らはいつも通りに屋上で」
「屋上ですか。先輩方はいつもそこで昼食を取ってるんですね。わかりました。でも、今回の話はあまり皆がいる前で話したくないので校舎の裏庭でもいいですか?」
椿からそういった提案をされた。
「涼葉さんはそれでもいいかな?」
「私はそれでもいいよ。多分、重要な話をするって事なんだよね」
「そうだろうね」
斗真と涼葉は互いにやり取りをした後で頷き、椿の提案に乗る事にしたのである。
三人は校舎裏へと到着していた。
その場所には殆ど人がおらず、貸し切りみたいな空間が広がっていたのだ。
三人で同じベンチに座り、斗真を中心として左側に涼葉。右側に椿といった感じに並んで昼食を取り始める事となる。
「それで、椿が話したい事って、どんな内容なんだ?」
「それなんですけど。私、二次元ライバーのイベントの抽選に当たったんです!」
「え? イベントの抽選? もしかして、サイバータスクの?」
「そ、そうですけど。なんで知ってるんですか?」
「知ってるも何も、それ、涼葉と朝登校している時に、そのイベントに参加したいって話していたところだったんだよ。ね、涼葉さん」
「そ、そうなの。まさか、こんな近くに、イベントの抽選に当たった人がいたなんて」
涼葉も驚きのあまり、声が裏返っていたのだ。
「先輩方は、参加したかったんですか?」
「そうなんだよ。それで、いつのイベントの抽選に当たったんだ?」
斗真が椿に問いかける。
涼葉も、緊迫した表情で椿の事を見つめていた。
「え、えっとですね。ちょっと待ってくださいね」
椿は、二人の先輩からまじまじと見られ、緊張している様子。
椿は自身のスマホでチケット購入専用のアプリを起動し、それから二人に抽選結果のメッセージのページを見せてきた。
確かに、そこのページには、サイバータスク主催のイベント番号が記されてある。
まさしく本物。
涼葉はスマホに表示されている画面を見入っていたのだ。
「それで、そのイベントって、私たちも参加出来たりしないかな?」
涼葉は試しに聞いてみる。
「そうですね。確かですね、抽選に当たった人の他に二人までなら、入場できるみたいですよ」
「そ、そうなんだ。良かったかも。お願いがあるんだけどね。私たちも一緒に行っても良いかな?」
涼葉は両手で合わせて懇願していた。
「そうですね……わかりました。大丈夫ですよ」
椿は少々悩んでいたものの、最終的には、斗真と涼葉の事を招待してくれるのだった。
「でも、どうして、先輩方はそんなにイベントに拘るんですか?」
「それがね……えっと、涼葉さん。事の経緯を話した方がいいかな?」
斗真は椿から距離を取り、涼葉の近くでこっそりと相談し始めた。
「まあ、あの子は信用できると思うし、話しても問題はないと思うのよね」
「そうだね。椿は口が堅い方だし」
「だったら、話した方がいいかも。その方が事情を理解してくれて、同じ情報を共有しやすいと思うから」
「涼葉さんがそういうなら、それでいいよ。じゃあ、椿に話すからね」
「うん。そういうことで」
二人でのやり取りが終わった。
「さっきから何の話をしていたんでしょうか?」
椿は首を傾げていた。
「簡単に言えば、今後に必要な情報というかさ。ちなみに、椿はどこの事務所から二次元ライバーデビューをするんだ?」
「それはサイバータスクの会社からですけど。この抽選に当たったので、イベントの他に、実際に社員の人と相談できる時間もありますから。そこで二次元ライバーとして、どういう風にやって行けばいいか相談しようと思っていたんです」
「そ、そうか」
サイバータスクからデビューするという明確な目的を持っている子の前で、企業の裏を話すのも気がけてくる。
斗真は涼葉の方を横目で見やったが、ハッキリと話した方がいいよと後押しされてしまうのだった。
「本当の事を言うとな。その会社、結構闇が深くて」
「え? どうしてですか?」
「なんていうか。他人のアバターを勝手に使うような会社なんだよ」
「そういう会社なんですか? でも、どうしてそれを?」
「涼葉が、その被害を受けたんだよ。勝手にアバターのデザインを奪われてさ」
「アバターデザインを奪われた。という事は、涼葉先輩は二次元ライバーの配信者なんでしょうか?」
「えっと、なんていうか」
椿は鋭い質問をしてくる。
斗真が少々焦り、言葉に詰まっていると。
「そ、そうなの。本当は隠しておくつもりだったんだけど。あなたなら口が堅いと思うから話すんだけど。私、元々二次元ライバーだったの。まあ、その当時は全然人気が無かったんだけどね」
涼葉は乾いた笑みを見せる。
「……もしや、涼葉先輩って、ペンギンのようなアバターを使ってましたか?」
「え⁉ な、なんでそれを⁉」
涼葉は突然の事に素っ頓狂な声を出す。
斗真も驚きを隠せず、目を点にしてしまう始末だ。
「以前から放送委員会としての涼葉先輩の声を聞いていて。誰かに似ていると思っていたんです。私も昔からライバーの配信を視聴したりするので何となく声質で分かるんです」
「……そ、そうね。そうよ。やっぱり、声質を変えてもバレるのね」
涼葉は諦めた感じに肩を落としていた。
「ほ、本当に、あのペンギンのライバーさんだったんですか? 私、似ていると思って。本当にそうだったんですね。私も驚きです」
普段は落ち着いた態度しか見せない椿が、驚いたり、笑みを見せたり、困った顔を見せたりと、今日だけは物凄く表情が豊かだった。
「そ、そうなのよね。でも、他の人には絶対に内緒だからね」
涼葉は、人差し指を口元に当てたまま、シーッといったジェスチャーを見せていたのだ。
涼葉の正体がバレてしまったものの、少しだけ解決の一口を掴めた感じではあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます