第24話 画面越しではない出会い

「急に言ってごめんね」

「……え……ライバーだったの?」


 斗真と涼葉はドーナッツなどが置かれているテーブルを挟み、向き合っている。


「そうだよ。私ね、中学二年生の頃から二次元ライバーとして活動をしていたの」

「というか、え? あのぬいぐるみもやっぱり」

「うん。通販サイトを通じて送られてきたんだよ。最初は驚いたんだけどね。でも、私が配信している時に、斗真がぬいぐるみの事についてコメントしていたでしょ。だから、何となくわかっていたの。あの時、視聴者から送られてきたぬいぐるみは、あの恐竜くんしかなかったからね」


 鈴木斗真すずき/とうまは昔、推していた二次元ライバーの配信を欠かさずに見ていたのだ。

 その時から、コメント欄を利用して発言していたのである。


 あの頃、斗真は中学生であり、お金を寄付するコメントは殆どできなかったが、グッズを購入したり、イベントに参加したりと自分に出来る範囲でやりくりしていた。


 斗真は中学三年の冬休み。

 高校生に進学する年の二月ごろに、今まで貯めていたお金を使って、恐竜くんの大型ぬいぐるみをプレゼントする事にしたのだ。

 それから数週間後に、推していた二次元ライバーが引退を表明したのである。


 あの時は本当に辛かった。

 一年と少しの期間だけだったが、斗真からしてみれば最初に見つけて推したライバーだったからだ。

 そういった思い入れもあり、それが現実だと受け入れることが出来ず、高校に入学するまで落ち込んでいた時期もあった。


「……本当に、あのライバーなの?」

「そうだよ。でも、信じてもらえないよね。こんなに急に言われても」

「……お、俺は信じるよ。信じるというか、信じたいんだ……」


 斗真はテーブルの反対側にいる神谷涼葉かみや/すずはを見つめながら、そう伝えた。


「でも、本当にあのライバーだったら教えてほしいんだ……どうして引退しちゃったのか。本人ならわかってるはずだよね。でも、言いたくないなら強制はしないけど」


 斗真は声を震わせていた。

 彼女が、あのライバーだと信じたい気持ちの方が強く、言葉を伝えてから突拍子の無い発言をしてしまったという事に改めて気づくと、次第に冷静さを取り戻して行く。


「……やっぱり言った方がいいよね。これから付き合っていくのに、隠し事なんてしたくないし。それに斗真なら秘密にしてくれるよね?」


 涼葉から信用されている為か、心を開いて打ち明けてくれるらしい。

 彼女は少々緊張しているようで胸元に左手を当てていたのだ。


「お、俺は秘密にするよ!」

「だよね。斗真ならちゃんと守ってくれるよね」


 彼女は安心した表情を浮かべ、それから愛らしい笑みを浮かべてくれる。


「実をいうと、私、脅迫されていたの」

「脅迫⁉」

「うん、ネットで活動していると色々な人に見られるから。それで優しいコメントもあったんだけど。その中に嫌がらせをしてくる人もいて」

「そっか。そうだよね、ネットって便利だけど、そういう嫌な側面もあるよね」


 斗真は彼女の気持ちに寄り添って相槌を打っていたのだ。


「元々はそういう脅迫コメントは少なかったんだよね。まあ、嫌なコメントをされても消せばいいだけだったから。でも、SNSの方にもメールを送り付けられることが多くなってきたの」

「それヤバいね」

「そうでしょ。だからね、お母さんに相談して警察にも相談したの」

「それで解決したってこと?」

「う、うん、一応ね」

「一応?」

「その嫌がらせをしていた人を特定はできたんだけど。私、母子家庭だったから。そんなにお金もなかったの。だからね、二次元ライバー活動を休止する事を条件に解決するしかなかったの」

「引退を決意したんだね」

「そうね。でも、分かったでしょ。私が、あのライバーだったって」

「うん、俺は信じられるよ。こんなに本心を打ち明けてくれたんだから。むしろ、信じたいんだ」


 斗真は気分を高鳴らせながらも、テーブル前で正座しながら冷静さを保つように胸を撫で下ろしていた。


「でも、涼葉さんはどうして二次元ライバーになったの?」

「それは、さっきも言ったと思うけど。私、母子家庭だから、家族の為にお金を稼ぎたかったの。お母さんばかりに迷惑をかけるわけにもいかないしね」

「そっか、涼葉さんは、お母さん想いなんだね」

「だって、今まで苦労ばかりかけていたから。いつまでも甘えてるわけにもいかないからよ」

「涼葉さんは凄いよ。俺はただ二次元ライバーだった君の事を応援する事しか出来なかったわけだし」

「斗真も凄いから。私の配信にいつも来てくれたじゃない。私、嬉しかったの。他にも私に対して優しいコメントをしてくれる人もいたんだけど。斗真は二次元ライバーのイベントにも参加してくれていたよね?」


 涼葉は昔の出来事を思い出しながら、言葉を想いに乗せて紡いでいく。


「イベント会場で行われているリアルイベントだよね。うん、参加したよ。そこで、二次元ライバーだった涼葉さんと会話して。会話と言っても直接的じゃなくて、モニター越しだったわけだけど」

「そうだね。私もちゃんと覚えてるわ。斗真のこと。私の方からは、斗真の素顔を見れていたんだけど。でも、ごめんね、あの時は私の本当の姿を見せることが出来なくて。今はこうして目を合わせて会話できるの。なんか奇跡だよね」


 涼葉は軽く笑みを見せてくれていたのだ。


「私ね、高校に入学して斗真を見た時、運命を感じたの。斗真が同じ学校にいるって。でも、別の人だったらと思って、一年生の時は話しかける事は出来なかったんだけどね。二年生になって、同じクラスメイトになって、斗真があの斗真だって確信を持てたから話しかけられたの。あの時は、ちょっとだけ緊張してたんだからね。どういう風に話しかければいいのかずっと悩んでいたし」

「そうなんだ。俺もさ、涼葉さんに会えてよかったよ。俺、二次元ライバーとして活動している君が配信をしなくなってから、心に穴が開いた感じで苦しかったんだ」

「私たち、何か本当に奇跡的だね。まさか、直接関われる日が来るなんて」

「ああ。俺も驚いてるよ」


 二人きりの空間。互いに見つめ合っていた。


「私、画面越しにしか関わったことが無かったから、斗真の事をもっと知りたいの。これからも思い出も作って行きたいし」

「俺もだよ」


 過去の思い出に浸りながら、二人は一緒の時間を過ごしている。

 今回は画面やネットを介してではなく、本当の意味で心が繋がった感覚があった。

 長年離れ離れになっていた想いがようやく繋がったような気がしたのだ。


 画面越しからは得られない想いを今、斗真と涼葉は胸の内で感じていた。


「そう言えば、涼葉さんって、もう一度ライバー活動をするの?」

「え? なんで?」

「え……でも、SNSとかでアカウントを作ったって噂されていたけど」

「……それ、私じゃないよ」

「……どういうこと? じゃあ、なりすまし?」


 良い雰囲気だったのに、斗真の発言で一気に、この場の空気感が凍り始めていたのだ。


 では、あのアカウントは誰なのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る