6 ぜんぶを与えあえるような

 無事にクリスマスになってしまった。なおあんずさんがいちごさんと観ていた「ソーイング・ビー」であるが、イギリスのお裁縫バトルリアリティショー番組で「これ人間が縫ってるんでござるか!?」となるような洋服などを縫うものだった。

 ソーイング・ビーはどうだっていいのだ、クリスマスだ。クリスマス・イブ、あんずさんは寒いのに無理に頑張ってミニワンピを着ている。とっておきのロングブーツのヒールでフラフラしつつ、とびっきりのおめかしを褒めてもらおうと、待ち合わせ場所でキョロキョロしている。


「やあ。待った?」


 ロリコン変態男が現れた。やっぱり上から見ると頭髪が薄いのだが、あんずさんの背丈では上から見るのは無理だろう。ニコニコして、あんずさんは答える。


「ううん、ついさっき来たところ!」


 そんなことを言いつつ、ロリコン変態男は自分の車にあんずさんをエスコートした。うむ、なかなかの高級車である。

 車の中はとてもすっきりと片付いている。特に芳香剤がキツいとかタバコ臭いとかそういうことはない。非の打ち所がない清潔な車内だ。

 助手席にあんずさんを乗っけて、ロリコン変態男は車を飛ばした。あんずさんのファッションを褒めたり、あんずさんが車やロリコン変態男のスッキリしたファッションを褒めたりしながら、2時間かっ飛ばして車は秋田市に到着した。

 2人はジブリの展覧会に入って行ったが、案の定オタクでないと楽しくないやつで、よくわからない顔をしてあっという間に観終わってしまった。

 自分とだったら面白いところを説明して楽しく回れたのに。そんなことを考えるのだが自分は死んでいて、ついこの間葬式をしたばかりなのであった。


 そのあと2人はデパートに入り、豪華な化粧品をたくさん買った。あんずさんは素でかわいいのだから、そんなのメルカリで売っちゃえばいいんでござるよ。

 あんずさんがご機嫌になるころにはすっかり夕方で、2人でオシャレなレストランに入り、おいしいものを食べ、ムードが最高に高まったところで温泉のついた素敵なホテルに入る。いわゆるラブホテルというようなところでなく、リゾートホテル的なところだ。うむ、確かにいいセンスである。

 いやいいセンスとかいう問題ではない、止めねばならない。どうする。そうだ、守護霊スマホを使おう。

 あんずさんは服を脱ぎ始め、一方の篠沢さん(さすがにいつまでも変態呼ばわりは可哀想だと思ったので……)とやらはシャワーを浴びている。どうやって阻止するのが最適解だろうか。そう思っているとホテル備え付けのバスローブを着て、篠沢さんが現れた。


 守護霊スマホを向けて「ハプニング」のボタンを連打する。

 2人は何事もなくいちゃついている。まずい、これでは致されてしまう。


「……あれ?」


「どうしたの?」


「いや、な、なんでもないんだ。なんでもないんだ。あはは」


 何かが起きたようだ。


「えっと、その、あはは……」


「あたしじゃだめだった?」


「そ、そんなことはないよ? あんずちゃんはすっごく魅力的な女の子だ。そんなあんずちゃんと一緒に……えっ、ちょっと待って、えっ、あの、その……」


 どうやら守護霊スマホによる妨害に成功したらしい。ようするに使い物にならないようだ。イッヒッヒ。

 自分の勝利でござる!!!!


 あんずさんは次第に冷めた顔になり、脱いだ洋服を着始めた。


「ちょ、ちょっと待って! 本当に!」


「いい。きょうはそういう気分じゃなかったんでしょ? 姉に心配されるし帰るね」


「ごごごごめん!!!! 本当にごめん!!!! 送る!!!! 送るから!!!!」


 あわてて服を着て、篠沢さんとやらはホテルのキャンセル料を支払い、車であのクソ田舎にあんずさんを送っていった。車の中は終始無言だったが、あんずさんは帰り際に「次こそ『初めて』もらってね?」と寂しそうな顔をした。


「も、もちろんだよ!」


 ははぁーん。自信をなくしたな?


 あんずさんは家に帰り、ザバザバメイクを落とし、がっくり肩を落としながら部屋着に着替えた。


「あれ、日付変わってるけどお泊まりはしなかったの」


 りんごさんがあんずさんにそう声をかけた。


「おねーちゃん!!!! どうすればボインになれる!?!?」


「おわ、どうしたどうした!?」


「あたしの胸が薄いばっかりにお泊まりできなかった!! ねえ、どうすればおねーちゃんみたいなボインになれるの!?」


「わかんないわよ、わたしだってなりたくてボインになったわけじゃないんだから……」


「ちいねえがうるさいです……」


 いちごさんまで起きてきた。


「いちごは寝なさい。あんずはとりあえず落ち着きなさい、なに、彼氏が使いものにならなかったの?」


「えっ!? ちいねえ、貞操の危機だったのですか!?」


「貞操の危機て。そうだよ、あたしの胸が真っ平らなばっかりに危機回避したよ」


「それは恋愛の本質ではないといちごは思いますです」


 いちごさんが真面目な顔をして、それから「ぽぇ」とあくびをした。そして、いちごさんは眠い目をこすりながら、恋愛論を語り始めた。


「ちいねえはまわりのお友達が体験済みなのがうらやましくて、いちばん近いところで早く体験してしまおうと焦って失敗したのだと思います」


 いちごさんの、中学生とは思えない達観してしっかりした恋愛論を、その場にいた全員が真面目な顔をして聞いた。自分も真面目な顔であった。


「ちいねえは、本当に愛してくれるひとと、ぜんぶを与えあえるような出会いをするべきだと思うのです。命すらも投げ打っていいと思うような。その彼氏さんとやらは、そういう価値のある人なのですか?」


「……ううむ」


 あんずさんは考え込んだ。そうだ、あの男でいいのかよく考えるでござるよ。(つづく)

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