第51話

 朝はまだ冷えを残し、早く起きる市場通りの住民たちは朝の仕事へ行っていた。そんな通り近くにある一角亭の裏口に、仕入れの荷車が止まる音がする。


「おはよう! 今日の分もってきたぞ」と食材をもってくる商人がハロルドを呼んだ。 ハロルドは大きな籠を担ぎ、荷車の中を覗き込んだ。

「お、こりゃいい野菜だ……ん?」


 ハロルド用に分けられた荷物の底に、薄い布に包まれた封筒が貼り付けられていた。 誰の目にも触れないよう、隠すように結びつけてある。

 ハロルドはすぐさましまい込み、何気なく作業を進めた。そして、荷物を運びこみ、少し厨房の置くで封筒をそっと剥がし、中の手紙を出した。

 

 軽く目を通し、ハロルドは軽く息を吐いた。

 しばらくして、何事もない顔で支度を整えると、店の小間使いらに「少し買い出しをしてくる」と街へ出た。


 市場は人で混み、早朝から活気が満ちていた。街道がいまだ封鎖されている場所が多く、ターナスに街に滞在する人がいつもより多い。そのため商品が売れると市場の者たちもいつもより多く売ろうと躍起になっている。


 ハロルドは人混みに紛れながら、露店で野菜を見て、少し先で果物を買い、さらに別の露店でパンを受け取る。

 その動きはゆっくり、自然。しかし、彼の意識は表情とは裏腹に鋭かった。

(多分、グロイデン商会の連中か? 朝からご苦労なことだ)

 気にしないふりをし、ある程度物色しては歩くと、通りの小広場の石段に腰を下ろした。

 荷物を脇に置き、帽子を脱いで、形を整え、ゆっくりとかぶり直す。


 石段から見える反対側の屋根の影、

 そこに立つ男が、わずかに体の向きを変えた。

(……これでいいだよな)


 ハロルドは何を言うでもなく、立ち上がった。

 次に向かう場所は、手紙に記された「二つ目の場所」だ。


 人気の少ない、倉庫街の裏道。

 荷物を直すふりをして、鍵束を落とす。

「おっと」

 石畳に金属が触れ、鈍い音が響く。

 拾い上げ、また数歩歩く。

 すると、もう一度落とす。

―カシャリ。

「ちっ、まったく耄碌したくないな」

(……さて、気づいたか)


 ハロルドは鍵を拾い、何事もなかったかのように歩き出した。

 尾行の影は動かない。

 ただ、距離を保つ。


 その頃、通りを一本ずらした屋根の上。上から見えることなく、隠れているショウジが隙間から通りを見下ろしていた。

 彼の「超視覚」によれば、ハロルドの動きは、すべて見ていた。


(帽子……合図の一つめ。異常ありか)


 そして、鍵を落とした場所。それも事前の取り決めだ。これで特に異常がなければ、そのまま一角亭へ向かえば済むはずだった。


(鍵……合図の二つめ。ルビアは無事、ということ)


 だが、二度落とした。


(……二回?)


 ショウジは目を細めた。


(なぜ二回……?焦って落とした?)


 鍵を「一度」落とす。 それが「ルビアはいる」のことの合図であった。

 だが、ハロルドは二度落とした。

(他にだれかがいる? )

 ルビア以外に、誰かがいる。

 それが「異変」の正体だと察する。


(なるほど……直接行くのは危険、ということですか)


ショウジはため息をつき、視線を市場とは逆方向へ向けた。

(さて……どう近づき、どう知らせるか)

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