第38話
イリアナ嬢の誘拐事件の混乱は王宮をいまだに不穏な空気が立ち込めていた。政務局から元老院、近衛兵団、各貴族の私室に至るまで、その話題と見通せない未来を不安を感じていた。
王宮襲撃した謎の集団による犯行としているが、それがイリアナの協力があったという憶測、それがロムスロイ伯爵家も関与しているという流れが濃厚になってきたのである。
大広間の裏手にある会議室では、国王の命で高官らが密かに集い、事態の真相と背後関係を巡る討議が続けられていた。
「ロムスロイ伯爵家の令嬢が毒殺に関わったとは到底信じがたい。そもそもなんのためにやる」
「だが、王子の近くにいたものはすべて疑うしかない。しかも、伯爵家の紋章が彫られた瓶は王宮への献上品などに使われる物。その瓶の毒によって王子が毒されたのは明白」
「そしてイリアナ嬢の荷物にあったとされる、暗殺の指示書。これで言い逃れはできんだろう」
「そう、本来ならは。ただ伯爵家の令嬢だぞ。王子の婚約者だぞ」
事実と疑念の境界が曖昧なまま、出席者たちの顔には苛立ちが滲んでいた。
「捜索の範囲を広げ、いち早く確保することを第一とする」
イリアナ嬢と謎の集団の捜索が第一優先とする、という方針のみが固まる。とにかく、イリアナが最重要人物であるという認識が共通認識となっていた。
一方、一部の貴族らにはこの事件を怪しむものもすくなからずいた。
「これはロムスロイ伯を直接貶める意図があるのではないか。イリアナ嬢を手配した理由は、その序章に過ぎん」
「だが、伯爵家に敵意を抱く貴族など、今に始まったことではない。羨まぬ者はいない」
そして誰もが心の中で、ある貴族の名を思い浮かべながら、しかしその名を口に出す者はなかった。
その頃、王宮の離れ。
本来、来客や高貴な親族のために用意される迎賓の一室に、今、ロムスロイ伯爵夫妻が滞在していた。とはいえ、それは「招待」ではなく、事実上の軟禁に近い処置だった。
警護と称して、部屋の外には近衛兵が立ち、外出も許されていない。
窓辺に立つ伯爵夫人アナベラは、手にした書簡を握りしめたまま、黙って空を見つめている。文面には「捜索中」「進展なし」「王都から外へ出た可能性あり」とだけ記されていた。
「……イリアナ。どうか、無事でいてちょうだい……」
その声に、椅子に腰掛けていたロムスロイ伯爵が目を伏せた。
「状況は芳しくない。明らかに我々に不利な状況にある」
「しかし、あの子に限って事件にかかわるなんて」
伯爵は重く口にした。
「……これは、我らを狙った策だ。あの娘が巻き込まれたのではなく、あえて使われたのだろう」
「まさか……」
「あの男…、公爵が動けば、政務局も兵団も、影響を与えられる。まさかこんな大胆にやるとは思わなかったが。。今回の発端すら不透明なままだ」
夫人はそっと椅子に腰を下ろす。
「イリアナは……無実よ。あの子は誰よりも心優しく、誇り高い娘。陰謀に加担するような娘ではない」
「それがわからぬほど、国王も王妃様も愚かではない。だが、仕掛けられた筋書きに逆らえば困る者たちが国王の目を盗んで動く輩はいる。それが、あの男のやり方だ」
ふたりの間に重い沈黙が流れる。
守れなかった。もっと早く、気づくべきだった。
そう、悔しさを噛みしめながら、娘の姿を思い浮かべる。
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