第34話
朝、湿った森に、柔らかな陽が射し込む。何かしらの変化と匂いにイリアナが目を覚ますと、そばには小さな火を起こし、鍋を覗き込むルビアの姿があった。
イリアナは立ち上がり、鍋の近くに来た。
「おはよう、よく眠れた?」
「……ええ。あなたは?」
「僕は平気、野宿も慣れてるから」
鍋の中では、保存用の乾燥スープに肉片と豆が加えられて、簡素ながらも香ばしい香りが立ちのぼっていた。
「こんな森の中で……すごいわね」
「あんまり贅沢はできないけど、味は悪くないよ」
一口すすいだスープは、不思議なほど身体に染みわたる味だった。
しばらく食して、ふと手が止まる。イリアナの胸に王都での出来事がよぎる。
あの毒の騒ぎ、王子は無事なのか。
自分がさらわれたことで、王宮や周囲は混乱しているのではないか。
父や母はどうしているだろうか? 迷惑をかけてはいないのだろうか。
焦燥がじわじわと胸の内を満たしていく。
「ねえ、その靴。見せてくれる?」
「靴……?」
「その靴だときついでしょう」
ルビアはそう言うと、腰のポーチから工具のようなものを取り出し、器用な手つきで靴を繕い始めた。
「あなたって、なんでもできるのね」
イリアナの問いかけに、ルビアは笑って答えた。
「まあ。ちょっとしたことなら自分でやっていかないとね」
この自立した少年の姿にイリアナは自分のおかれてる立場には染みて感じていた。
それからイリアナとルビアは森の抜けるべく進んでいった。カールが率先して進む先に進むことで、無理なく進むことができたが、しかし、道なき道を進むうえで、イリアナの体力は限界に近くになっていた。
「ねえ、お姉さん、足……痛くない?」
ルビアが心配そうに問いかける。
「え、ええ……だいじょうぶよ」
イリアナはぎこちなく微笑んだが、その顔色や足取りが本心とは裏腹であることは明らかだった。
「……僕は疲れてきたからここらで一休みしよう。ちょうど良さそうな木がある。あそこで休もう。カールもきっと疲れてる」
ルビアが指差した大きな木の根元には、雨をしのげるだけの枝葉が広がっている。カールはすぐさまその下にすっと身を横たえ、ルビアもその隣に腰を下ろした。
イリアナもためらいながらその場に座り込み、重くなった呼吸を整える。
気をつかわせてしまったと、イリアナは落ち込みつつも安堵している自分を感じていた。
「この辺りまで来れば、追っ手もそう簡単には追いつけないだろうしね」
「そう?」
「気配を感じたらカールが反応するだろうし」
少年のさりげないひと言とカールの大きなあくびをみて、イリアナの胸の奥にほんの少しだけ温もりが灯った。
安心したせいだろうか。これまで張りつめていた緊張がほどけ、瞼が自然と落ちていく。
静かな森の音に包まれながら、彼女は眠りへと落ちていった。
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