第28話
王子の寝室は、重苦しい空気に包まれていた。王子は白いベッドの上で静かに横たわり、意識を失ったままでいた。その顔はかすかに青白く、血色の悪さがその深刻さを物語っている。
侍医たちは無言で立ち並び、まるで時間が止まったかのように王子の容体を見守っていた。医師たちの顔には焦燥の色がにじむが、誰一人として言葉を発することはなかった。
室内には王妃もいた。彼女は王子の横に座り、静かに彼の手を握りしめていた。彼女の表情には疲労の色が見え隠れし、目の下には眠れぬ夜を過ごした証が浮かんでいる。しかし、その目は強い決意を宿しており、かすかな光を帯びていた。
「殿下、どうかお目覚めください……」
彼女の囁きは、誰にでも聞こえるようなものではなかった。王妃は手のひらで王子の額に触れ、熱を確かめながら、その内面にわずかな心情を抱いていた。彼女の心の中では、無数の思いが渦巻いているが、今はただ王子の回復を祈ることしかできなかった。
王宮の政庁では、重々しい議論が繰り広げられていた。王子の毒殺未遂事件による調査会とし貴族たちが一堂に会していた。
「王子殿下に毒が盛られたという事実は、もはや否定できません。その犯人が誰であるかを明確にすることが重要です」
その中にはオルスタン公爵派の者たちも多く、議論は次第に感情的なものへと変わっていった。目立って発言したのは、アレクシウス・ダルヴィス。公爵派の有力貴族である。彼は声高に、王子毒殺未遂の容疑をイリアナ嬢にも広げる必要があると発言をした。
「しかし、証拠が不十分である以上、我々が一方的に罪を押し付けるわけにはいかぬ」
この言葉を発したのは、中立派の代表格であるセオドア・フォレスト伯。彼の言葉には冷静さが漂い、議会内に一瞬の静けさが訪れた。セオドア伯はさらに続ける。
「王宮内でこれほど重大な事件が起きた以上、我々は事実に基づいて判断すべきだ。イリアナ嬢が事件に関与している証拠は、いまだに何ひとつとして明らかになっていない」
議場は一時的に揺れ動き、両派の意見が交錯した。
「それにしても、王太子の昏睡状態が続いている今、王宮の安定を保つためには早急に手を打たねばならぬ。王太子殿下が回復しなければ、王国の未来は危うい」
公爵派の一員、リチャード・ハーヴィンの言葉が、議会内に微かな不安を呼び起こす。
「手を打つとは?」
「王太子殿下を襲った理由。辺境の反国王派の連中が関与しているのは濃厚ではないのか?」
「なぜ、いま、そんなことを?」
「此度の婚姻の儀に事を起こすことでわれらを揺さぶりをかけるのだろう」
「だが、20数年前ならいざしらず、今の奴らにそれだけの力が」
「それよ」
アレクシウスが話に割って入った。
「あ奴らを支援する輩がでてきたということよ」
貴族らが舌戦するなか、王妃は静かな控え室に一人静かに座っていた。貴族会議の様子は、部屋からかすかに伝わっていたが、王妃はそれに参加することなく、ただその空気を感じていた。
彼女の心の中で渦巻くものは、怒りでもなく、悲しみでもない。ただただ、ひとつの深い疑念であった。
「オルスタン公爵……あの男の影が、忍び寄ってきたの」
だが、今は息子が危機的な状況にあり、どうしても動けなかった。王子を守るため、王国を守るために、彼女は何をすべきか――その答えを見つけることができなかった。
「これから、何が起こるのか……」
王妃の目の前に広がるのは、暗い陰影だけであった。彼女は自分がこれから取るべき行動について、少しずつ心を決めていくのだった。
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