第22話

 町長の屋敷の裏手にある路地では、黒ずくめの男たちが密かに集まっていた。彼らはグロイデン商会から派遣された監視役であり、この数日、伯爵一行の動向を逐一監視していた。


「……今、なんて言った?」


 低く鋭い声が飛ぶ。その主は、黒い外套をまとった男だった。彼の名はラダック。グロイデン商会の監視役の一人であり、部下たちを統率していた。


「昨夜遅く、イリアナ嬢を予定通りとらえたのですが、嵐の影響で、土砂崩れに巻き込まれて、その隙に逃げ出しました」


「バカな……」


 ラダックの眉間に深い皺が寄る。情報を持ってきたのは、同じ商会の別の監視役である若い男だった。彼は慎重に周囲を確認しながら続ける。



「クッ……!」


 ラダックは忌々しげに舌打ちした。伯爵一行の動向に大きな影響を及ぼす可能性がある。この情報がもし伯爵自身に伝われば、計画が狂いだす。


「それで、こちらの予定はそのままか」

「はい、伯爵の動きをそのまま監視して、もし異変があれば対応しろと」

「対応しろか。ふん」


ラダックとしてはそれを聞かざるえない。


「了解した。こちらはイリアナの情報が手に入ったら伝える。そちらも何か変化あれば連絡をくれ」



「了解しました!」


 指示を受けた手下たちはすぐさま散っていった。ラダックは焦燥を隠しながら、深く息を吐く。



「ちっ……伯爵の一行も要注意だ。奴らがイリアナ嬢を探し始めたら、こちらの動きがばれる」



 その頃、テルシナの街の一角。ショウジは細い路地を歩きながら、次々と人々に声をかけていた。彼は派手な身なりの商人風の衣装をまとい、明るく親しげな態度で情報を引き出していた。相手に違和感なく接することができるのも彼の能力といえよう。



「なるほど、伯爵様の一行のために馬を?」

「そうなんだ、伯爵の馬の数頭が調子悪くてな。なんとかしようと手配に手間取ってるらしい。馬がそもそも足りねえからなぁ」


「思ったよりあちこち土砂崩れやら橋が壊れてそれを迂回していくのが大変らしい」


 彼は笑みを浮かべ相手と分かれると、頭の中でそれまで得た情報を整理していた。


 町長の屋敷では相当な騒ぎになっるようだ。出発を早めたいようだが、準備がなかなか進まない。そしてもう一つ気になる情報として


「最近傭兵や見慣れない男たちが往来が増えた?」

ふくよかな体格の宿屋女主人は目の前の赤髪の青年商人に話をつづけた。


「そうそう、長年人の往来見てると、雰囲気とかそういうのがなんとなくわかるんだ。なんかあるのかもね」


 これらの情報というのがショウジにとってはありがたいものである。

 ショウジは町長の屋敷に近づくと、確かに伯爵一行の馬車が連なり、荷造りが始まっていた。


「なるほど。確かに急がそうとしているな」


(それは娘のお披露目の時にいないのは罰が悪いだろうからな。一刻も早く行きたいのだろう)


 そんな様子をみて、ショウジが他を目線を向けると、その先に気になる男たちに気づいた。彼らは町の住人に溶け込むように振る舞っていたが、動きが「変に」隙が無い。


(あれは……もしや)


 ショウジはさりげなく視線を流しながら、別の路地へと足を向けた。


(もしかするとグロイデン商会の者か。本当に何か企んでいるのか)


 ショウジは彼らの動きを気になるが、そもそも自分も目的の街へと向かわなければならない。とにかく早くここを出る準備をしなければならない。


「さてさて、どう動くべきですかね……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る