第12話

 宮殿でのイリアナ捜索の話がされているその頃。


 激しくなった雨の森の中で、茂みに潜んでいた。イリアナの衣の裾は泥と葉にまみれ、足元はすでに限界に近かった。立ち止まるわけにはいかなかった。後方からは男たちの怒声と、地面を踏みしめる足音が聞こえてくる。


 (まだ近い……!)


 イリアナは荒い息を抑えながら、できるだけ音を立てぬように茂みの中を進んだ。しかし、ぬかるんだ森の土に滑ってしまい、その際に声を発した。


「おい?いま声しなかったか?」

「ほんとか?」

「そっちだ! 逃がすな!」


 追手の一人が叫ぶと、すぐに数人の足音がこちらへ向かってくるのが分かった。イリアナは息をのんだ。このままでは捕まってしまう——。


 (どうすれば……)


 イリアナは唇を噛みしめ、意を決して再び駆け出そうとした——その時だった。


 「こっちだよ」


 突然、低い声が耳元で囁かれた。驚いて振り向くと、そこにはまだ十歳ほどの少年が立っていた。栗色の髪はぼさぼさで、どこか野生的な雰囲気をまとっている。


 「……あなたは?」


 すると少年は口元を指を立て、しゃべらないように伝える。


 少年はイリアナの腕を取り、茂みの奥へと引っ張った。あまりにも突然のことに抵抗する間もなかったが、彼の表情には余裕があり、ただの通りすがりの者ではないことが伝わってくる。


 「待って、どこへ——」


 「とりあえずこっち」

 少年はイリアナを連れて共に草むらの影へと潜り込んだ。イリアナもそれに倣うと、ちょうどその時、追手の男たちが二人、彼女がいた場所にたどり着いた。


 「見失ったか?」


 「いや、この辺りにいるはずだ。しらみつぶしに探せ!」


 男たちは辺りを見回しながら、松明の光を四方へと向けた。イリアナは息を殺し、心臓の音が聞こえそうなほど緊張した。


 少年は手に持った紐、先に木の細工が着いたものを振り回した。


「ウォォォン!!」


すると茂みから動物が飛び出した。


「ウオッ!」

「ん? 狼か? 」


 追手がその狼をみるなりと、狼はうなりだす。


「ちっ、あっちいけ!」


追手の持つ剣で狼をはらうような動作をし、追い払おうとした。

狼はうなりをやめ、静かに森へと歩いていった。


「おい、あれと勘違いしたんじゃねえのか」

「くそっ、紛らわしい」


すると追手はイリアナ達とは逆の方へと歩いて行った。


 「……?」

 イリアナが少年を見上げると、彼は小さく笑った。


 「ちょっとした時間稼ぎさ。さて、さっさとここを離れよう」

 

 少年はイリアナの手を引き、静かに別の方向へと進み始めた。イリアナは戸惑いながらも、彼に従い、森の奥へと足を踏み入れていった。


 (この子は……何者?)


 疑問が胸に浮かんだが、今はそれを考えている暇はなかった。追手から逃げ延びることが先決だ。


 少年に導かれながら、イリアナは静かに闇の中へと消えていった——。

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