第9話

 部屋の外、周囲が騒然している一方、イリアナの部屋は突如投げ込まれた物体より煙が噴き出され、部屋中の視界が遮られた。その中に数人の侵入者、黒づくめの者たちが窓より入り込んだ。


「……!な、何者!」


イリアナは驚きとともに、その場を逃げようとした瞬間、背後から腕を掴まれた。


そのまま拘束され、イリアナは身動きも、口も塞がれてしまった。


「ん!ん!」

イリアナはもがくが、黒づくめの者の一人がカードを差し出し、カードが光りだす。

一瞬、カードに光の円陣が浮かび上がり、【強制睡眠】の術が作動した。すぐさまイリアナがそのまま動かなくなり、黒づくめの者たちはイリアナを担ぎ、外へと運び出した。


◆ ◆ ◆


 ……どれほどの時間が経ったのだろうか。


 意識がぼんやりと戻ると、そこは見知らぬ場所だった。


 暗闇の中、微かに月明かりが差し込む。

 冷たい石畳が広がる薄暗い部屋。


 手首には縄が巻かれ、身動きが取れない。


(ここは……どこ?)


 まだ完全に覚醒しきらない頭で、状況を把握しようとする。


「目が覚めたようだな。」


 不意に男の声が響いた。


 声のする方へ視線を向けると、そこにはフードを深く被った人物がいた。 


 イリアナの意識がはっきりしないまま、再び視界が閉ざされた。

 目隠しをされ、荒々しく腕を引かれる。手は縛られたままだった。


「おとなしくしていろ。」


 低く冷たい声が耳元に響く。抵抗する余地もなく、イリアナは何者かに強引に引きずられるまま、外へと連れ出された。


 夜の冷たい風が肌を刺し、周囲の喧騒が遠ざかっていくのを感じる。


「準備はできたか?」


「ああ、すぐに出発する。」


 男たちの短いやり取りの後、イリアナは馬車の中へと押し込まれ、背後で扉が乱暴に閉じられる。

 馬車内には一人、見張りがいた。イリアナを前に座らせた。


「動くな」


 イリアナは黙って座るしかなかった。


 車輪が動き出すと、馬の嘶きとともに地面を蹴る音が響いた。


 どこへ連れて行かれるのか――。


 イリアナは恐怖を抱えながらも、冷静に考えを巡らせた。


(このままでは……いけない)


 彼女は必死に縄をほどこうと試みるが、しっかりと締められていて緩む気配はない。


 馬車はしばらく進み続けた。


 しかし――


 突然、轟音が響き渡る。イリアナの乘る馬車も急に止まりだす。


「何だ!?」


石や樹の壊れ落ちてくる。黒づくめの者たちが大声を上げた。


その瞬間、馬車にいわれようない衝撃がきた。


バサッ!ドン! 


キャアァッ!!


思わず、イリアナは叫ぶと同時に、馬車はそのまま横転してしまう。


 しばらくして、慌ただしく荒々しい声がこだまする。


「くそ、土砂崩れだ!道が塞がれるぞ!」


「前の奴らが巻き込まれてる」


「掘り起こせ!」


外の騒がしさが聞こえてくる。横にたたきつけられたイリアナだったが、意識はあった。そして目隠しが横転の際にとれ、目の前の見張りの者はぐったりとしている。


(今しかない!)


 イリアナは持てる力を振り絞り起き上がり、気を失った見張りの腰にある短刀を抜きとり、横転した馬車から出た。まだ、周囲は土砂崩れの影響で、イリアナの馬車にたどり着いていない。かすかに声だけが外から聞こえてくる。


「くそ、道を迂回するにも時間がかかるぞ。」

「馬車では無理だな」


イリアナはできるだけ物音を立てずに森へと向かった。そして徐々に足早に森の奥へと走り出した。


 しばらくして背後からかすかに男たちの声が聞こえた。彼らがイリアナの不在を確認したのだろう。


 だが、イリアナは振り返らなかった。


 息を切らしながらも、彼女はただ必死に走った。


 嵐の影響でぬかるんだ地面に足を取られながらも、彼女は前へと進んだ。


(逃げなければ……!)


 森の奥へ、奥へと――。


 イリアナの逃亡が始まった。

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