第6話

「まずは飲み物と食事を全て確認しろ!」

 グレイヴは鋭い声で警護官たちに命じた。


「給仕の動き、テーブル上のすべての器具、控室に至るまで調べ尽くせ。」


 数名の警護官が即座に動き、ワインボトルやトレイ、さらには給仕人の持ち物までも確認し始めた。広間はざわめきに包まれ、貴族たちは不安げに互いを見つめ合う。

「隊長!」


 一人の警護官が控室から駆け戻り、グレイヴに何かを差し出した。それは銀色の小瓶だった。


「控室の隅でこれを発見しました。中身は空に近いですが、底に微量の液体が残っています。」

 警護官の言葉に、広間の空気がさらに緊迫感を帯びた。

 グレイヴは小瓶を受け取り、慎重に観察した。その表面には繊細な装飾が施され、見る人が一目で上流貴族の所有物と分かる品だった。さらに、瓶の底には紋章が彫られていた。

「……伯爵家の家紋だ。」

 その一言が広間に波紋を広げた。貴族たちは驚愕の表情を浮かべ、一斉にイリアナの方を振り向いた。

「伯爵家の紋章が彫られた瓶だと?」

「(まさか……伯爵家が関与しているのか?)」

 ざわめきが広がる中、イリアナは自分に向けられる視線の冷たさに息を詰まらせた。


「静粛に!」

グレイヴの声が再び広間を制した。


「この瓶がなぜ控室にあったのか、どうして伯爵家の紋章が付いているのか――詳細が分かるまで軽率な発言は控えよ。」


だが、その言葉がかえって不安を煽るかのように、貴族たちの間では低い声での囁きが続いた。


「イリアナ様、本当にこれは伯爵家のものなのですか?」


「……私には覚えがありません。」


イリアナは毅然と答えようとしたが、その声はどこか震えていた。


「伯爵家には数多くの器物がありますが、私はこの瓶を見たことがありません。」

「では、なぜ控室にあったのか?」別の貴族が追及するように問いかけた。

「令嬢、何か隠しているのではないか?」


 イリアナは動揺を抑えるように深呼吸をし、言葉を絞り出した。「控室は私だけが出入りしている場所ではありません。誰でもこの瓶を置くことは可能です。」


しかし、その言葉は疑念を払拭するには十分ではなかった。


その時、オルスタン公爵が穏やかな口調で口を開いた。


「令嬢、さぞお心を痛めておられることでしょう。このような状況で無実を疑われるのは、さぞお辛いことと存じます。」


 その言葉に、周囲の貴族たちは一瞬だけ納得したかのように頷いた。だが、公爵は続けて、微妙なニュアンスを込めた声で語りかける。

 「しかし、こうした事件では、感情に流されるのではなく、事実を一つひとつ紐解いていかねばなりません。特に、これが王子殿下を狙った犯行である以上、状況証拠も慎重に吟味されるべきでしょう。」


 公爵はさらに話をつづけた。


「控室に置かれていた瓶が伯爵家の家紋を持つものであった以上、疑念が湧くのも無理のない話です。」公爵は静かに広間を見渡しながら語る。


「もちろん、これは何らかの誤解か、あるいは第三者による巧妙な工作の可能性も考えられます。ですが、そうした可能性も含め、全てを明らかにするための調査が必要です。」


 貴族たちはその言葉に真剣に耳を傾け、一部の者はイリアナに同情するような視線を向けた。しかし、その視線の中には冷たい疑惑も混ざっていた。


「公爵閣下のお言葉はもっともです。」


イリアナは何とか平静を装いながら口を開いた。


「伯爵家の一員として、また王子殿下の婚約者として、私も真実を明らかにするために全力で協力する所存です。」


 彼女の毅然とした言葉に、一部の貴族たちは感心したように頷いたが、完全に疑念が晴れるわけではなかった。


「その意気やよし。」


オルスタン公爵は満足げに微笑んだ。


「私もこの一件の真相が早急に解明されることを願っておりますよ。すべてが王国の未来のためですから。」

 

 その一言には、どこか意味深な響きが込められていたが、周囲の貴族たちはそれを深く考えようとしなかった。ただ、イリアナは公爵の目、その言葉に背筋に冷たいものが走るのを覚えた。

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