第3話

【伯爵家に災いが起こる。】


イリアナは背筋に走るものを感じた。 


そして、すぐさま手紙を折り畳み、しまい込んだ。

この手の嫌がらせは少なからずあった。そのたぐいだろうと。


「イリアナ! 」


 振り向くと、そこにはクラリッサが立っていた。淡いピンクのドレスに身を包み、優雅な微笑みを浮かべている。彼女は侯爵家の令嬢であり、イリアナとは学問や舞踏を共に学んだ仲だ。


「イリアナ、今日はなんてすばらしい日でしょう」

「あ、ありがとうクラリッサ」


イリアナの戸惑いの顔は隠しきれなかった。


「どうしたの?」

 

 クラリッサの声は柔らかく、心配そうだが、その表情には無邪気さが漂っている。

イリアナは少し戸惑いながらも、落ち着いた様子で答えた。


「いえ、特に何も。ちょっと考え事をしていただけです。」


 彼女は微笑みながら答え、手紙を心の中で気にしつつも、クラリッサに視線を向けた。

 クラリッサはにっこりと笑い、手を差し出してきた。


「なら、少し散歩でもしない? 気分転換になるかもしれないわよ。私も少し歩きたかったところなの。」


 イリアナはその提案に、ほんの少しだけ肩の力が抜けたように感じた。クラリッサの存在は、いつもどこか安心感を与えてくれる。


「それなら…少しだけ付き合おうかしら。」イリアナは微笑み返し、クラリッサの手を取った。


 二人は広間の端へと移動し、窓際の静かな一角に腰を落ち着けた。クラリッサはグラスの縁に指を滑らせながら、イリアナを見つめる。


「今日の晩餐会、とても華やかね。あなたの婚約発表にふさわしいわ」

「ありがとう。正直、少し緊張していたの」


 イリアナは微笑んで返した。クラリッサはそんな彼女を見つめながら、小さく息をついた。


「ねえ、イリアナ。あなたは、本当に王子との婚約に満足しているの?」


 突然の問いに、イリアナは少し驚いた顔をした。


「どうしてそんなことを?」

「ただの興味よ。あなたはずっと伯爵家の重責を背負ってきたでしょう? 本当に幸せなのか、気になっただけ」


 クラリッサの言葉には、心配するような響きがあった。イリアナは一瞬言葉を詰まらせたが、やがて微笑んだ。


「確かに、伯爵家のことを考えないわけにはいかない。でも、王子はとても誠実な方だし、私は彼を信頼しているわ」

「……そう。それならいいのだけれど」


 クラリッサはそっと視線を落とし、グラスの中で揺れる液体を見つめた。


「あなたのことをずっと見てきたから、少し気になったのよ。いつも気丈で、完璧であろうとしているもの」

 

 その言葉に、イリアナの胸が少し締めつけられた。クラリッサは、彼女が常に周囲の目を気にしながら生きてきたことをよく知っていた。


「大丈夫よ。私は私の道を歩んでいるもの」


 イリアナはクラリッサに向かって微笑んだ。クラリッサもまた、少しだけ表情を和らげる。


「ええ、あなたならきっと大丈夫ね。でも、もし何かあれば、私に相談してちょうだい。友人でしょう?」

「もちろんよ、クラリッサ」


 二人は微笑みを交わし、そっとグラスを合わせた。

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