第48話 ラセルの教育開始

 サリーの病気が風邪だった事は良かったのですが、この世界の医療が本当に歪だという事が分かり、これを何とかする方法を考えないといけないと改めて思いました。


 それから一週間、サリーも回復し、今では何時ものように元気に家の手伝いをしたり遊んでいる。回復後は一番に私に会いに来て御礼を言われたが、何だか凄く照れてしまった。だって何時ものサリーらしくない真剣な顔で言われたんだもん……。


「マリア様、良かったですね」


「エマ、何が?」


「勿論、サリーちゃんがあの病気じゃ無かった事です」


「そうね……。確かにそれは良かったんだけど、もしそうだった時は大変な事に成っていたから、手放しでは喜べないわ」


 エマが言うようにインフルエンザで無かった事は良かったけど、もしそうだったら、今ある薬では対処療法も満足に出来ず、下手したら死人が出ていたかも知れない。まして疫病と言われる物は他にもあるからその対策が出来ていない現状は恐怖でしかない。特に元薬学者の私には……。


 やっぱり早急に抗生物質は作っておかないといけない。それに村人達に衛生管理の大切さも教えないといけないと思う。病気にならない為だけじゃなく、人の口に入る物を作っている以上はね……。


「ところでマリア様、今日は例の錬金術師が来るんですよね」


「えぇ、ローガンさんも帰ったし、漸くね……」


 錬金術師がうちに来るのに何故ローガンさんが関係あるのか? それは当然、私の作った薬に関心を持ち、あれから毎日のように私を訪ねて来ていたからです。


「別にローガンさんがいても良かったんじゃないんですか?」


「それが駄目なのよ。今ある薬は既存の薬草なんかが原料の物だから良いけど、今度作る薬は違うからね」


「それが、あのカビですか?」


「そう、あのカビから薬を作るの……」


 こんな感じで今は冷静に言ってるエマだが、私が青カビを集めろと言った時には気でも狂たんじゃないかと言われたからね。まぁ普通に考えればカビを集めろと言う人なんていないから、それが当たり前の反応だとは思うけどね……。





「マリア様、ラセルさんが来ました」


「ありがとうマーヤ、入って貰って」


 うちの侍女見習いに成ったマーヤも漸く大人に対しての警戒心が薄れて来て、普通に話せるように成って来た。まだまだぎこちないし、言葉遣いも練習しないといけないけど、時々は笑顔も出るように成ったから、これからも頑張って貰いたい。


「漸く私の面談か?」


「何言ってるの? ラセルさんの面談はもう終わってるわよ」


「それはおかしいだろう。他の奴隷は鍜治場の見学以降に面談をしたじゃないか?」


 確かに鍜治場の見学以降に他の専門職の人は面談をしたが、それはやって貰う仕事の細かいうち合わせをしただけで、面談と言えるものじゃない。鑑定は既に済ませてあったしね。


「あれは仕事の打ち合わせをしただけよ。だからみんなもう仕事をしてるでしょ」


「という事は、今日は面談ではなく仕事の打ち合わせという事か?」


「打ち合わせというより、私と一緒に今日から働いてもらうの」


「はぁ~~、まさか本当にポーションを作ろうというのか?」


「それはまた今度ね。今日は私の手伝いをして貰うのよ」


 ラセルさんにはポーションの研究を一緒にしようと初日に言ったから、こういう返事を返して来て当然なのですが、私はこの人に医療とは何か? 薬とは何かを学んで欲しいと思っている。だからこの人の専門であるポーション作りの前に私の仕事を手伝って貰うことにした。


「手伝い? そんな事を言われても私に薬師の知識はないぞ」


「ないなら、覚えれば良い! それがポーション作りの役にも立つしね」


「そこが分かっていないというのだ。薬作りとポーション作りは全く違う物だ」


「まぁそれはいずれ分るわ、だから今は兎に角私の仕事を手伝って。それに今まで一人だけ専門分野の事はして来なかったでしょ」


 そう、このラセルさんだけは今日までこの人が考える専門分野の仕事はやらせていない。その代り、うちの村で他の奴隷の人達がやっている、スライム手袋の製造を手伝わせていた。でもこれは本人が考えるポーション作りが錬金術という考えの話しで、私からすればスライム手袋作りもれっきとした錬金術なのです。


「そこまで言われたら私に拒否権はない。私は奴隷だからな……」


「それじゃ、今から薬を作るから私の指示通りにやって!」


 これからラセルさんと一緒に作る薬はさっきエマと話していた青カビから作る抗生物質のペニシリンです。作り方は、


 <ステップ1>

 青カビの培養作業をする。

 芋の煮汁と米のとぎ汁を合わせた液体を容器に入れ、液体培地を作る。

 その上に、集めた青カビを移植する。

 ↓

 <ステップ2>

 ペニシリンの抽出作業を行う。

 蓋つきの陶器の樽の上に綿(陶器と綿はローガンさんが偶々売り物を持っていた)をつめたじょうごを置き、その上から青カビの培養液を流し入れ、培養液をろ過する。

 ↓

 ろ過した液体の中に、荏胡麻油えごまゆ(本来は菜種油)を注ぎ、樽の中を棒でかき混ぜる。荏胡麻油は米が採れる湿地帯に自生していた。

 この作業によって、樽の中の液体が「油に溶ける脂溶性物質」「水にも油にも溶けない不溶性物質」「水に溶ける水溶性物質」の3種類に分離する。

 ↓

 樽の栓を抜き、一番下に溜まった水の部分(水溶性物質)だけを別の容器に移す。

 ペニシリンは水溶性物質のため、この部分に溶けているということになる。

 ↓

 ペニシリン溶液からさらに不純物を取り除く。

 煮沸消毒して砕いた炭を入れた甕(かめ)にペニシリン溶液を流し込み、再びかき混ぜる。「ペニシリンは炭に吸着する」性質があるため、炭のみを取り出し、容器(※注ぎ口と排出口のついたもの)に詰めかえる。

 ↓

 煮沸蒸留したきれいな水を注ぎ口から流し込み、不純物を洗い流す。

 さらに純度を上げるため、今度は酸性水(お酢と蒸留水を混ぜたもの)を注ぐ。ペニシリンは酸性物質のため、酸性水で洗うことによって、炭に吸着しているアルカリ性の不純物質を取り除くことができる。

 ↓

 最後に、容器の排出口に綿をつめた(フィルターの働きをする)器具を取り付け、受け皿となる容器を用意。注ぎ口から重曹(岩塩、石膏が採れる山と別の山で発見)を溶かした蒸留水(※アルカリ性)を通す。これによってペニシリンは炭から溶け出し、排出口からは純度の高いペニシリン溶液が抽出される。

 ↓

 <ステップ3>

 ペニシリン抽出液の薬効を調べる。

 半合ずつに分けたペニシリン抽出液を、患者の膿から採取したブドウ球菌をなすりつけた寒天培地(何故か灰汁抜きしたスライムが使えた)に少しずつたらす。蓋をして数日待つ。


 大量に培養したカビ溶液からを活性炭に吸着させ(ペニシリンは活性炭に吸着する)、酸性溶液で洗い流し精製する。という方法です。by前世のドラマ



 ここにある荏胡麻油はこの村初めての植物油、重曹の発見はこの村のパン作りが大きく変わる可能性がある。俗に言うソーダブレッド。イーストなどを使う発酵パンとは違う物。まだ教えていないけど……。


「こんな物を使って何をするというのだ?」


「良いから私の指示通りにすれば良いの? こんな初めからブツブツ言ってるようでは何も出来ないよ!」


 それからというもの毎日うちの屋敷にラセルを通わせ、毎日何かしら文句を言いながらも、合計で十二日目にペニシリンは完成した。


「これは一体何なのだ?」


「薬だよ」


「それは何となく分かるが一体何に効く薬なのだ?」


「言っても分からないよ。だってあなた達病名知らないでしょ」


「…………」


 私がこう答えるのは当たり前なのよ。この人が自分で言ったんですもの、治癒魔法やポーションに症状や病名は関係ないと……。


 じゃあなんでこんな事をさせたのかという事に成るんだけど、それにはちゃんとした理由がある。それはこの世界の治癒魔法やポーションでは病気は根本から治せないからなの。勿論、治せる物あるけど、細菌やウイルスが原因の物は特に治せない。だって、治癒魔法もポーションも細胞を元に戻したりするだけで、細菌やウイルスは殺してないのよ。


 だから怪我をして消毒や水洗いをせずにポーションや治癒魔法で傷を治しても感染症に成る事がある。まぁこの世界の治癒士もその位は長年の経験から傷を洗ったりしているので、感染症に成る人は少ないけどね。


 でも細菌性やウイルス性の病気はとなるとどうしようもないから、何度も治療するしかない。高額な治療費を払ってね……


「強いて言うなら、病気の元に成る物を殺す薬」


 ここからが大変なのよ。この人に細菌やウイルスの事を教えないといけない。そうしないと今言った事も理解出来ないからね。

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