ヴェーロ•アヴァイドの守護者

@yutorisaezuru

第1話 囚われのヴェーロ•アヴァイド


囚われの若い女は祈った、見えない檻の中から。

そうするしか出来なかった。

新しい年が来るその時。

長く拘束され痛めつけられた心と、傷のある顔を上げ天をあおぐ

美しい望みを枯らさぬように、人を守るように、弔うように、寄り添うように、不名誉を晴らすように


生まれ出でよ、そして守れヴェーロ•アヴァイドを。


汝は私の代わり。

瞳には純粋を宿し、悪にも染まらず

支配に縛られることなく、飄々と動き走り跳び回り

害を成す悪意と嘘を、知と勇気を持って斬れ。

汝の刃は血を流させず、今までもこれからもそれは変わらない。

この世の危機において何も知らぬ弱者を救い、人類の誇りを取り戻せ。


汝、死ぬなかれ。その身と精神は守られ、役目を果たすだろう。


そして、この世に長く欠けていた、または失われつつある

真実と平和を呼び戻せ。


汝の名前は——



———————————————



悪意と嘘と命への軽視が、どこまでも深く黒く渦巻いている。


黒く黒く、その黒さが落ち切らぬものにされ、尊厳を永劫染め上げ、人類の将来を拒絶していくかのように。


各地で戦が起こっている時、その黒い化け物は力を増大させつつあった。


その化け物の名は《プセマ》、異国語で¨嘘¨を意味する。また別の名を持っているとも言われていた。


その眼は遠くを見通し、瞬時に民を見つけた。

その癖すぐには殺さず、自分以外の手で命を奪おうとずる賢く人を操った。

その雄叫びは、命を奪う嘘に聞こえた。

その囁きは人を支配し破滅させる偽りに聞こえた。


その化け物は人の盲目に宿り、人々を騙して認識の薄暗い影を絶えず作ろうとした。その嘘を守ろうとまた嘘を重ねて、人々の認識は歪みに歪んだ。


これを何とかしなければ被害が拡大し、長期で更なる大きな災いとなることは確実と思われた。




それを危惧し、今、結成されたのが少数の新入りからなる討伐隊である。



宮殿ではその結成式が行われていた。皆、事件の大きさ故に一様に沈黙の空気が重い。


「辺境の出の若き剣士よ、その手にこの剣を持ち、光を持って斬り伏せよ」


そう若者に手渡されたのは特殊な剣であり、手に柄を握り、知力を思い起こすと、まるで起死回生のような光がにわかに宿り、その場を照らした。

いかなる悪意ある謂れも似合わぬ純粋な存在であることが伝わる。


光は柔らかにしかし鋭く、まるで何かを救おうという意志に呼応しているようであった。


その者は、剣を両手で掲げ礼を示すと、零れる光と刀身を鞘に納め、下がった。

この場で名は明かされず、顔は覆面により隠され、人を拒むように静寂を保つ。背格好も通常の痩せた若者くらいで、決して屈強では無い。噂では国の端の出自らしく、ほぼ犠牲を覚悟の人選のようであるらしかった。いつの時代も弱者が強敵に当てられるものである。重苦しい空気を纏わせた陰鬱な雰囲気の彼は、それを理解しているらしかった。

ゆえに周囲のお偉いからの扱いもどこか遠まきで、内心決していいものではない様子を伺わせる空気であった。

しかし彼の持つ独特の、まるで暗い陰謀やおびただしい策略の巡る中、人の純粋な願いから生まれ出でここに存在するかのような、不思議な印象を消すほどではなかった。


「そして記録者エトよ、その手にこのペンを持ち、剣の活躍を記録し、真実を後世に残せ」


次にやや小柄な女が、何やらペンと紙、それとカメラを与えられ軽く礼をし下がった。

その女は少し怯えた表情をしていた。髪を後ろにまとめた簡素な出で立ちで、白いシャツの胸元が少し震えている。それでも何とか覚悟を決めようとしているようであった。


「そして、監視としてこの鳥を与える。常にそばにおるため下手なことはしないように」


そう差し出された鳥は、少し大型で嘴は鋭く瞳孔は人をよく見つめ、白い翼を軽くはためかせると、記録者の肩に足をとまらせ、記録者の驚きと怯えの悲鳴が宮廷に響き渡った。鳥はその声に一切反応せず舐めた表情で隣の剣士の黒髪の頭をつついた。まるで軽く立場の差を思い知らせるかのように。


「本日は雲が重苦しくて実にいい日和だ。ごきげんよう、小僧、小娘。我輩は世界中の言語を解する、知力ある鳥である。お前達に親しまれやすくするため今は鳥の成りをしている。故あって国の情報をお前達に授けることになった。しかし友人気分では困る。どこにいてもこの胸元のペンダントから国と通じ合えるうえに、いざとなればお前達は赤子が首を捻られるように我輩の足元にひれ伏すだろう。貴様らは囚われの身と思い、尽力すると良い。我輩のことは何とでも好きに呼称しろ」


「「うわ、鳥が喋った」」



以上、剣士、記録者からなるこの2名と鳥1羽が討伐隊となる。





——————————


以下、記録者による戦地の敵状の記録である。


 国内、中心部。討伐隊が到着、ウェールス監視塔という小さな塔の上部に2人で陣取り身を隠す。辺りを眺めると、すでに空中が暗く暗雲かと思ったが、そこにひしめき蠢く影のような化け物を視認する。黒い触手を無数に伸ばし、それは人の頭上に根を張るが、皆一様にそれが見えない。 《プセマ》は何かを咀嚼しているような動きをした後、その体は一回りまた一回りと大きくなっていった。吸い上げた何かを養分とし強化しているようである。


皆何もないように暮らしているが、平凡な風景とは裏腹に、天を覆わんばかりの《プセマ》のその姿はおぞましく、命や精神が軽んじられる軽薄さが、不快で危険な空気となって一面に濃厚に漂っている。


「あれは戦時によくある、統制を目的とした戦略生物だ。もうずいぶん大きくなっている。最早お前のような若造の手には負えまい。お前はとんだハズレ役のようだ」


白い鳥が少し嘲笑するように喋る。強者特有のあの若者への憐憫を含んだような声色で。曰く、周りの者があの姿を見えないのは、あの化け物が人の知力を封じているからであるとのこと。


問題なのは、そのおかげで無駄な死人が出ている事。誰もが目を塞がれて、戦争が起きても皆それを認識できず、犠牲が出ることを疑問にすら思えないのだ。


「どこかに人の目を塞ぐ嘘を出す核となる体内機関があるはず。探してその剣で斬れ」


鳥はそう言うと、飛び立ち、より高い教会の鐘の上でとまり、高みの見物を決め込む格好であった。まるで面白みのある生き物の活劇でも期待するように剣士と記録者を眺める。偉そうな鳥だと辟易し閉口する。



《プセマ》はこちらに気付いているようで、獰猛な視線を絶えずこちらに向けてくる。見いられただけで命を取られそうなおぞましいそれに対し、まるでしょうがないクソ野郎と向き合う時のように、面倒臭い凶悪な生き物と対峙する時のように、ため息をつきながら剣士は立ちあがり、隠していた姿を見せる。強風が吹いている。覆面の剣士の服の裾が身体に張り付くように激しくたなびく。


体格差があまりに違う両者が睨み合う。あれに勝てと言うのか?


化け物がせせら笑っているのが伝わる。何かどうしようもなく残虐な含みを持たせて。それは命を奪う者の含み。


何か良くない気配がして、ハッとそれに気づき、ペンを持つ手が震える。


「危ないです、あそこに人質がいる!普通に全部斬ると犠牲が増えます!」


触手の下に大量の市民が居り、それを斬ってしまうと、その上にある災いが降りかかるように根が張られている。わざとその構造にして、退治されるのを拒むかのようであった。嫌悪感を抱かざるを得ない卑怯な賢さを支配に使う敵の全体像が見える。


ああこれはこういう生き物なんだ。弱者を盾にとり、人の命を惜しみ無く犠牲にする。その構造そのものが「見えない化け物」たる由縁。


改めて重く痛感させられる、これが戦争。


「あんまり弱いところ狙う政治的動きは正直ダサいぜ?こっちを見習ってほしいものだね」


剣士が肩を回しながら化け物に言う。戦時に使われているということは《プセマ》はどこかの政治家か軍人の思惑でそんな行動を取っているのだ。一方でこの覆面の彼はどうなのか知らないが、ひとまず誰も盾にしていない、貧弱な若者なことは確かであった。


「よし、とりあえず無駄な死人を出さないよう、いいとこを狙って触手を斬ってみるか」


剣士が前を見ながらそう言うと、剣を抜いて、駆け出す。

拘束から抜け出た何か自由な生き物のように。まるでそうあれと美しく願われたかのように。触手の上に着地し身軽に走り回り敵の身体に近づく。


剣を持つ手に力が入り、刀身が光る。

『お前に虐殺はいらない。その身に宿す能力は無差別殺戮と矛盾する』

そう唱え、目の前の触手の一つに刃を通す。


すると化け物の触手が力を失ったように崩れて、中から何かを辺りにばら撒く物が脈打つように出てくる。まるで嘘を吐き出す生物の生態のように、また身を隠そうと周りの触手に潜もうとする。


そのばら撒く物が剣に当たりジュッと燃えるような音を出して消える。『皆殺さなければ敵を倒せない』『戦いだから人が死んで当然』という嘘や、『敵がどこにいるのかわからない』という嘘が人に聞こえる言葉のように排出され血飛沫のように次から次へと吹き出す。


これが嘘の核、人の認識を歪める物。人の精神の中に巣食ってしまっているもの。


《プセマ》の核を見た後、もう一度化け物の身体を見ると、色々なところにそれが内包されていることに気づく。だが全ては把握しきれない。暗闇で得体の知れない未知の生物を見ているような気持ちが襲ってくる。


すると、その核の近くの触手から、先程とは感触の違う何かが剣士目掛けてぶち撒けるように吐き出される。

それをまともに剣士が浴びてしまうが、知の剣の光が強まり、周囲から蒸発する。

『虚偽の無理な肯定』『自明な論理の否定』『嘘を暴く者への攻撃』が聞こえた。


体内で新たな嘘を生成して身を守ろうとしたんだ、そう気づき気味の悪さに固唾を飲む。それも論理もクソも無い嘘をゴリ押しで。この生き物は常に人に合わせて戦っている。そうかだから皆に気づかれないように何かを吸い上げているんだ。弱者からも抜かりなく油断無く。


これは記録に値する生態だ。皆に分かる様に記録しなければ。そうしなければ、この生き物は必ずこの生態を隠そうとする。そう必要性に駆られペンを走らせた時、ふと気づく。


違和感だ、何か違和感がある。


これを国中が?そうこの化け物は国どころか世界を覆わんばかりの大きさ。

なのに、国の中心部の権力はそれの排出物に惑わされていない。他の国もそうだろう。


彼らにはなぜ効かない? 私達はつい最近知ったばかりだが、国の中心は最初から知っていたようだ。そもそも同じような化け物を国が飼っているとお偉いは知っている、昔から戦時にはそれが出没している。今回だけ知らないは通用しない。


深い暗闇が押し寄せて瞳を塞ぐようなそんな気配が心を覆う。



反射して走った光がきらめき視界を透り抜け、我に帰る。

剣士が跳躍させた身体に任せて《プセマ》の核をただ真っ直ぐに切り伏せる。閃光と共にその核は姿を霧散させる。


すると、化け物は身を闇の中に潜めるように瞬時に不可視となり、消えた。

空の奥底からおどろおどろしい声が囁く。こちらの身を重く容易に潰すような静かな威を持つ音色であった。


「お前に倒せるなら今に至るまで我々は存在していない」


そう言って、弱者を見つめる脅迫的な気配と共に、《プセマ》は行方を何処かに静かに眩ませた。



未熟な剣士は、それと同時にようやく全身で大きく深く息を吸った。ようやく水の底から上がったばかりの産まれたての生き物のように。


吐き出された排出物の核は、正確には『民を騙していない』という《プセマ》の核だったようだ。


戦争はいつも民を騙す。搾取もいつも沈黙の中で民を騙す。ありふれているがなかなか知らぬ者も多い。そういう嘘の核を斬ったのだ。



右手に握られた知の剣は穏やかに光を湛え、消えずにいる。


斬った瞬間に、化け物の殺した者達の命の価値を剣士が悟ったように。

動揺や哀しみの匂いがする光が辺りに揺れる。

俯き、宙を見つめたまま、弔うように時が流れる。

噛み締めるような時の後、光は徐々に知の剣に納まるように静かになった。


暗雲から隙間を縫うように、わずかな陽光が差す。


あの化け物の前で無力な若者が、倒しきれず姿を捉えきるのも難しい巨大な物の前で、それでも一番頼もしく見えた。



——————


化け物が去り、剣士が一先ず安息する中、


白い鳥は記録者の腕に、翼はためき留まると、こう警告した。


「我が輩は国の使いだが、お前たちの弱さと純粋さに報いて一つ教えてやろう。


今の国を信頼するな。

今の国のお偉いのは追い詰められている。嘘もつくし保身を図るだろう。


弱者はいつも餌食になりやすい。騙されやすく傷つけられやすい。分断もされやすい。


だから教えるが、今までお前達が権力者と認識してきた者達は、まごうことなき確実に権力者だ。少なくともお前達よりはな。財力、知力、武力、技術力いずれも想像を超える。卑怯さもな。少なくとも権力者は貧困の中や無学のような評価の中にはいない。お前達とは違う。


弱者達はどこの国にも大量にいる。弱者達へ差別の念は向けるな。


そして冷静に、恐れず、論理的な姿勢を貫け。

この世はファンタジーではない、ゴーストも魔法使いもいない。

神だ悪霊だ何だと非論理的政治的産物を盾にしてせびる者に金をやるな。

あと弱者には手を挙げるな。唆されても誓って罪に手を染めるな。金に魂を売るな。


決して、悪意に染まるな。

それを行なって喜ぶのは権力者だけだ、付け入る隙を与えるな。


それから、家族を大事にしろ。信頼のできる友人もな。常に一緒に過ごし、身を寄せ合え。


このポンコツの記録者がこの文章を書けてるのであれば、未来はお前達のような弱者の味方だろう」


白い鳥が翼でバサッと記録者の頭をはたく。


姿だけは小説の読者受けを考え2秒という即興で作られたゆるキャラマスコットみたいな適当な鳥が、人間様に対して偉そうな。


記録者はそう思いながら、頭についた白い羽毛をはたき、ひとまず記録のペンを胸元のポケットにしまった。

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