第26話 髪の手入れ


 茜色の髪を一房手に取ると毛先からほぐすように櫛を通す。癖がある髪は絡まりやすく、櫛が引っかかる箇所は指で絡まりを解く。それを何度も繰り返して、指通りがよくなれば、次にく髪を手に取った。


(懐かしいな、昔もよくこうしていたっけ)


 癖がある髪は眠っている間に絡まり、うねり、朝起きると爆発していることがしばしば。不器用な龍賢では髪を梳くのに時間がかかるため、毎朝起きるたびに綺宵蒼詠が解いてやるのが日課だった。

 当時のことを思い出して、無意識に笑みをこぼすと、突如、胸が重たくなった。


「なにを笑っているんだ?」


 綺宵の胸に後頭部を押しつけた龍賢は不思議そうに鏡を見つめながら問いかけた。見てみれば、鏡に映る自分は幸せそうに微笑んでいる。対する龍賢はどこか不服そうにしていた。


「こうして誰かの髪を梳くの、好きだなと思ったんです」

「……誰かとは友という宮女もか?」

「風花の髪に触れたことはありませんよ。さすがにそこまで親密ではなかったですし」


 綺宵は悲しげにまつ毛を伏せた。

 先日、古巣を訪ねた際に芳玉から、風花が浣衣局勤めではなかったと知らされた。さらに調べても、他の局に所属した形跡はどこにも見つからない。その事実から、風花は後宮に現れる幽鬼であると囁かれた。


(風花は幽鬼なんかじゃない)


 別れ際に抱きしめられた時、確かに風花の体温を感じとった。力強い腕の感触に早鐘のように打つ鼓動——それは彼女が生きているという証だ。幽鬼とは到底思えない。


「なにか悩み事か?」

「本当に些細なことですけど」

「誰かに言えば悩みは軽くなる。よければ、俺が聞こう」


 鏡越しに青玉の瞳と目が合う。格子窓から差す陽光に照らされた瞳は慈愛に満ちており、綺宵は奥歯を噛み締めた。守べき子供が、大きくなったことを、他者を思いやれるようになったことを実感して嬉しさが込み上げてくる。

 少し悩んだ末に綺宵は唇を開いた。


「僕は友達だと思っていたけど、向こうはどう思っていたのかなって少し疑問を覚えまして」

「なるほどな。その気持ちはよく分かる」

「彩王さまもですか?」


 ああ、と龍賢は双眸そうぼうを細めた。


「俺は蒼詠皇太子が好きだった。あの方の願いを叶えるために彩王となり、これからも国を統べるつもりだ。……だが、蒼詠皇太子にとって俺は歳の離れた弟でしかなかった」


 綺宵は口ごもる。

 それに気づかず、龍賢は更に言葉を連ねる。


「今も俺が相手に抱く思いと、相手から俺に向ける思いに相違があると感じることが多々ある」


 龍賢は振り返るとそっと手を伸ばした。綺宵の頬の輪郭を辿るように手のひらで撫でると愛おしそうに微笑む。


「……今夜は用事があるから戻るのは遅くなる。月が天上に昇る頃には帰ってくる予定だ。だから、待っていてくれ」


 そう言って、名残惜しそうに手を離した。

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