【Stage 0-3】浮世ノ風
一応ゴール地点の先にも道路は続いているが、そちらは人口密集地から遠く不便なためか街道レースに使われることは無い。
「(後ろの車、途中で見えなくなっちゃったな……事故ってなきゃいいんだけど)」
車から降りたコユキは自分が走ってきた方向を見る。
峠に入った直後から自分を煽っていた白いニッシン・アルベルトはコース中盤で急にペースを落とし、気が付くとバックミラーから姿が消えていた。
「……!」
車の周囲を一回りしてから乗り込もうとしたその時、自車のものとは別のエンジン音が聞こえてくる。
その音はどんどん近付き、やがて白とベージュのツートンカラーが特徴的なファストバッククーペが姿を現す。
駐車場に入ってきた白い車は迷うこと無くコユキのポピュラスのすぐ近くに停車するのだった。
◆
「……さっきはよくも千切ってくれたな」
エンジンを切った白い車の運転席ドアが開かれ、そこから降りてきたパンク・ファッションの女――ウキヨノ・カゼは不敵な笑みを浮かべながらコユキに歩み寄る。
「……私は別に飛ばしていたつもりはありませんけど」
相手の素性が分からないコユキは身構えながらも遠回しに"遅いヤツが悪い"と挑発で反撃する。
「それは後ろから見ていれば分かるさ。君、本気でアタックすればもっと速いんだろ?」
ところが、攻撃的なファッションに反して中身はかなり真面目且つ温厚な人物らしい。
表情を和らげたカゼは肩をすくめると、失礼は承知の上で少し踏み込んだ質問を切り出す。
「さあ……他の人のタイムとか、ましてや地元の街道レーサーとは比較したことがありませんし」
その質問に対して"自分は運転が好きなだけでタイムや順位には興味が無い"と答えるコユキ。
ちなみに、彼女が千切った相手は出亜輪峠で2番手のレコードタイムを保持している実力者である。
「(こいつ、自分の才能に自覚が無いタイプか……!)」
目の前の若者の素っ気無い態度に心の中でツッコミを入れるカゼ。
走りに対してはもっと自信を持っていいと声を大にして言いたかった。
「君、このコースは普段から走り込んでいるのか? 攻略には自信があるか?」
そして、ある目的のためにカゼはコースに対する熟知度に関する質問をぶつけていく。
「な、何ですかいきなり……?」
「単刀直入に頼みたい。次回の走り屋チーム対抗戦、助っ人として参加してくれないか?」
予想外の質問ラッシュにたじろぐコユキを何とかして言い
カゼはチームの命運が懸かる次のバトルのために強力な助っ人を欲していたのだ。
◆
「じつはな……このエリアで最強の走り屋チームが近々ここに"侵攻"してくるという情報を掴んだんだ」
愛車にもたれ掛かりながら頼まれても無いのに事情を説明し始めるカゼ。
彼女が言う通り走り屋チームにはテリトリーという概念が存在し、エリアによってはそれを巡り日夜バトルが繰り広げられている。
そして、複数の走り屋チームがひしめくマンジ県エリアは全国的にも特に競争が激しいエリアであった。
……別の峠を拠点とする走り屋チームが勢力図を塗り替え始めるまでは。
「私はここをホームコースとするチームのリーダーとして相手方と接触し、彼女らの宣戦布告を受諾し迎撃態勢を整えていた」
出亜輪峠を拠点としている走り屋チームはカゼが率いるチームだけだ。
そのため、彼女は腹を括って相手チームとの対抗戦に臨むことを選んだ。
この時点では引き分けに持ち込める算段があったのだ。
「だが、その後になって問題が発生した。ウチのチームのエースが愛車を車検に出してしまって、対抗戦に出られなくなった」
ところが、相手チームの刺客に唯一対抗できる可能性があったエースが参加できないというトラブルが起きてしまった。
「……エースの人の車が返ってくるまで延期してもらえばいいのでは?」
「あっちにも事情があるんだとさ。しかも、日時を指定したのはウチの方だからこっちの都合でころころ変えるわけにもいかんだろ?」
話を一通り聞いたコユキは正論を述べるが、それがまかり通るならば苦労しないとカゼは肩をすくめる。
「それはそうですけど……」
「一応もう一人メンバーはいるんだが、そいつは"Kカー"乗りのヒヨッコだから戦力としてはアテにできん」
コユキの次の発言を予想したカゼは先回りして別のメンバーの話をする。
カゼのチームは彼女を含めて3人体制のチームなのだが、3人目のメンバーは技術・経験・マシン性能の全てにおいて対抗戦の戦力にはなり得なかった。
「君の走りをこの目で見たからこそお願いしたい……出亜輪峠を余所者から守るために力を貸してくれないか?」
もし、防衛に失敗したら峠のルールを奴らにとって都合がいいモノに書き換えられ、これまでのように自由に走ることが難しくなってしまう。
出亜輪峠の道を誰よりも愛する者として、カゼは誠心誠意頭を下げて頼み込むのだった。
◆ 用語解説コーナー ◆
【ファストバック】
自動車のボディ形状の一種。
一般的には屋根から車体後部にかけて一続きの傾斜を持つスタイルを指し、より大まかな定義ではクーペに分類されることが多い。
他のボディ形状に比べて空気抵抗を低減しやすいとされている。
【Kカー】
この国独自の自動車規格で、Kは"軽自動車"の略称。
車体寸法及び排気量が厳格に規定されており、それらの条件を一つでも超えると小型乗用車(所謂5ナンバー車)に分類される。
その起源は列強諸国に比べてモータリゼーションが遅れていた状況を打開するべく考案された"国民車構想"にあるという。
排気量制限との兼ね合いで高出力エンジンを搭載できないゆえ、純粋な走行性能では普通車に劣るとされるが、逆に言えば運転免許を取得したばかりの初心者ドライバーでも扱い易い。
また、パワーではなくコンパクトさを活かした方向性で売り出すスポーツタイプのKカーも存在し、これらは国内外で一定の人気を獲得している。
【不定期更新】街道決闘ストリート・フルクラム 天狼星リスモ(StarRaiga) @StarRaiga
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