第2話 転校生

「ねぇ、聞いた?転校生、うちのクラスに来るって」


学校に着くなり、担任と会い転校生のことを聞いた。


明日香(あすか)は教室に入ると仲のいい女子たちにそのことを言う。


「え?嘘?本当に?それって男?」


「ちょっと、由美(ゆみ)。あんた、彼氏いるじゃん。怒るよ、大輝(だいき)」


由美の前に座っていた楓(かえで)は咎めるように言うが、その顔はにやけていて、内心は由美と同じように男だったらいいな、と思っていた。


ただし、イケメンに限る。


「いいの、いいの。それとこれは別だし。で、どうなの」


由美は手を頭の近くで数回振ってから、明日香に転校生の性別はどっちか尋ねる。


二人は期待した目で明日香を見る。


明日香はフッと鼻で笑ってから、親指を突き出して「男って言ってた。それも、かなりイケメンらしいよ」と言う。


「え!?うそ!?本当に?どうしよう。今日、顔むくんでて可愛くないのに」


由美は鏡を取り出して、自分の顔を確認する。


「えー、それは楽しみだわ」


楓は頬杖ついて、転校生がどれほどかっこいいのか想像する。


「はやく転校生こないかな」


彼氏がいるのに、転校生の顔のことで頭がいっぱいな由美は、さっきから何度も彼氏からメッセージが届いているのに気づかなかった。


クラスは違うが、彼氏は同じ学校に通っている。


もし、返信をしなければどうなるか、いつもの由美だったらわかっていたが、今日はそれを考えることができなかった。


それに、もうすぐチャイムが鳴るので、教室に先生が入ってきたため、スマホを使うことはできない。




「先生。転校生がうちのクラスに来るって本当ですか?」


先生が教室に入ってくると、クラスで一番騒がしい野球部の男子、今村和樹(いまむらかずき)が大声で尋ねる。


「ああ。そうだ。だから、全員はやく席につけ」


転校生が自分たちのクラスに来ると言うのが、それほど嬉しいのか、担任が認めるとドッと騒がしくなった。


だが、はやく転校生の顔が見たいからか、すぐに静かになり、転校生を教室に入れてくれと、特に女子たちから期待に満ちた目を向けられ、先生はいつもこれくらい言うことを聞いてくれたらな、と思いながら外で待たせている転校生を呼ぶ。


「入ってきてくれ」


担任がそう言うと、ゼロは扉を開けて教室に入る。


ゼロが教室に入り、正面を向くと女子は顔を赤らめ、男子は「嘘だろ」と絶望する。


ゼロの顔は、誰がどう見てもイケメン。


しかも、イケメンの中でもイケメンだと言われるほど整っている。


ゼロ自身は自分の顔がどれほど他人から羨まれる部類に入るか知らないほど、自分の顔に興味がない。


育ってきた環境のせいで自分の顔にも他人の顔にも興味がない。


そのせいで、なぜ男女でこれほど表情に差があるのかわかっていなかった。


ただ、入ってすぐおかしなクラスだな、と認識した。


「自己紹介をしてくれ」


担任にそう言われ「はい」と返事をしてから、自己紹介をしようとしたが、女子たちはゼロの「はい」というたった二文字の言葉を聞いただけ、うっとりとした表情になった。


逆に男子は顔もいいくせに、声までいいのか、とゼロにたいして敵対心むき出しの表情をした。


本当になんなんだ、このクラスは、と思いながらもゼロは名を名乗る。


「待雪草柴です。よろしくお願いします」


「……それだけか」


えらく簡単に済ませるな、他はいいのか、と思いながら尋ねる。


「はい」


ゼロがきっぱりと言うので、担任もならいいかと思い「待雪の席は窓際の一番後ろだ」と席に座るよう言う。


「はい」


ゼロが席に座るまでの間、いや、座ったあともクラス全員の視線は向けられたままだった。


担任が何か話しているというのに、誰一人として話を聞いていなかった。


話が終わり、担任が教室から出ていくと、待っていましたと言わんばかりに女子たちはゼロの周りに集まる。


仲良くなって、あわよくば彼女になりたいという欲を全く隠さず女子たちは質問するが、ゼロはどうやったら七海紫苑と接点が持てるのか考え込んでいたため、誰の質問にも答えなかった。


そもそも聞いてすらいなかった。




ゼロは、日本にきて一カ月が過ぎたが、七海紫苑と接点を持つどころか、接触することができなかった。


居場所がわからないわけではない。


知っている。


なら、なぜ接触できないかというと、彼女は家から一歩も出ないからだ。


カーテンは全部閉まっていて顔すら見えない。


七海紫苑のことが書かれていた紙には、ある事件から家に引きこもり一歩も外に出ていないと記されていた。


そう書かれている文を見たとき、本当か?と一瞬疑ってしまうが、すぐに情報部隊が嘘を書くはずないと信じるが、一カ月張り込んで自分の目で確認するまでは百パーセント信じることはできなかった。


七海紫苑が探偵をやめるほどの事件。


それは、最も大切な存在である二人を一度に失ってしまったことだ。


そして、その事件のきっかけが自分のせいだと知り、罰として探偵をやめた。


「理解できないな」


気づけばそう呟いていた。


「え?今何か言った?もう一度行って」


女子たち全員でずっと質問していたが、返事をしてくれなかったのに、ボソッとゼロが何か言ったのを感じ取った由美は嬉しそうにする。


だが、ゼロはそれに答えることなく早く女子たちがどっか行ってくれないかと思った。

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