第2話 微笑んだ少女は

 あれからもう一年経っただろうか、お父様に潜入を任されてこの学校に来たのは。時間が経つのは早いものだ、と私は廊下の真ん中で小さいあくびをした。

 通り過ぎてゆく生徒たちの名前や趣味、住所などはほぼ把握しており自分でもよく覚えられたものだと不思議に思う。ニ年二組と書かれた灰色の硬いドアを開け、教室の中に入る。教室の中はクラスメイトの生徒たちが賑やかにお喋りをしていた。おはよう、とたまに声をかけられると私はにっこりと笑顔で返した。こちらを見る男子の頬は赤らんでおりすぐさまにっこりすると、男子生徒はクラスから逃げていった。

 自分の席へ着くとカバンを横のフックにかけ椅子に座る。友達がこちらへやってきて私に話しかけて来た。しかし、その友達の言葉など私は少しも聞いておらず、ただ私はあの少女がクラスに入ってくるのを淡々と待っていた。

 しばらくすると廊下から軽やかな足音が聞こえてきた。美しい天使のような声が外から聞こえ、クラスの男子が一斉にドアの方向を凝視した。ドアがゆっくり開かれ外から少女が入ってくる。その少女は昨年見たのと同じように絹のような細い髪を束ねている。

 「みんな、おはよう!」

 彼女の薄っすらピンクに光る唇の隙間から軽やかな声が出て来た。その美しい顔にはあの時見た不気味な笑顔が浮かんでいる。その笑顔に引っ張られるように誰かが勢いよく立ち上がり、彼女に素早く近づいた。

 「おはようございます、我が女神。」

 その男は誇らしげな表情を浮かべ、頬を薄く染めて声をかけた。

 彼女の笑顔が引きっつたと同時に、クラス中の男子の顔が歪んだ。

 「……おはよう、田崎くん…」

 かろうじて彼女の口から出て来た声は先ほどの元気はなく、どこか焦りが感じられる声だった。

 「我が女神よ。実はこの前美味しいカフェを見つけまして、今日の放課後、ご一緒にいかがですか?我々二人で愛の空間を楽しみましょう。」

 手を彼女に差し伸べ、ニカっと歯を見せて笑うと、アホ毛がピンと揺れた。居た堪れない空気と沈黙を破ったのは、ある一人の少女の大声と力のこっもた腕だった。

 「あんた、毎朝毎朝さなをつけ回して!さなから離れて、変態!」

 彼女は「さな」と呼ばれた少女の友の「歩美」だった。彼女は日々鍛えた腕力を使って田崎の胸ぐらを乱暴に引っ張り、大声で怒鳴った。怖気付いたのか、田崎は素直に

 「はい…」

 と返事をし、トボトボと自分の席へ戻った。彼女が歩美に感謝していると、誰かがクラスの中へ入って来た。その人物はクラス中を見回し、さながいることに気づくと長い指を左右に揺らしながら

 「さーな、何やってんの?」

 とさなに聞いた。髪を靡かせながらにっこりと笑うその姿にクラス中の女子はうっとりとその姿に見惚れた。その声の主はさなのボーイフレンド、伊藤有志だった。先程まで顔を曇らせていたさなの顔が一気に明るくなる。

 「有志君!おはよう!」

 明るく笑ったさなは有志に近づき頬を赤らめた。

 「さな、今日早いね。今朝は寒かったのに、歩いて来たのか?」

 「ううん。有志君のためだもの。」

 二人共頬を赤らめながら楽しそうに喋っているその姿にクラス中の男子は有志を睨みつけ、女子たちはさなを睨みつけた。私はそんなことはどうでも良く、ただ二人を見比べながら観察をした。さなの声、喋り方や癖など把握できるものはできるだけした。外見はただのバカップルだ。しかし私はさなと有志を別の人間と見ている。でもたまに疑ってしまう。本当にこの子は「悪魔のルパン」の娘なのかと。

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