第46話 嘘から出た魔物

 夕暮れを伝える烏の鳴き声が辺りに響く。ロゼットは今日もリシュアに魔法の練習に付き合ってもらっていた。魔法を唱えて改善点をリシュアに言ってもらう、ひたすらこれを繰り返すだけのため、お互いこの単純作業に精神をすり減らしている。しかし、その効果は着々と出ており、ロゼットの魔法の精度は見る見る内に伸びていた。

「今日はここまでかな…付きっきりで特訓してもらっているけど、本当に無理してない?」

「(ここまでって、ロゼットさん夜もやっているじゃないですか。)」

口に出そうか迷ったが、ロゼットの夜の特訓を覗いたことはあくまで秘密だ。リシュアは無意識に自分の口元を手で押さえた。

 宿に戻る途中、すぐ近くからお腹の鳴る音が聞こえてきた。二人は顔を見合わせたが、互いに疑り深い表情だった。それを見てつい笑ってしまい、その後話題が変わった。

「ついに今夜は新月ですね。深夜に出発するみたいですけど、ロゼットさんちゃんと起きられるんですか?」

「馬鹿にしないでよ。僕だってそれくらい出来るさ…た、多分。」

「自信なくしてるじゃないですか…」

 その日は夕食を食べた後直ぐに床についた。ルーダは眠れないようで、暫くベッドでモゾモゾと動いていたが、十数分経つとピタリと動かなくなった。ロゼットも中々眠ることが出来なかった、それも早起きに対する不安で。

「(どうしよ………あぁそうだ!『◯時に起きる』って何回も念じてればそれより早く起きれるっていうじゃん!)」

ロゼットはその後、[零時に起きる]と再三再四念じながら寝た。例え効果がなかったとしても、ラヴィーネかリエーテが起こしてくれるだろう。そう思うと急に心が軽くなった。


 ゴン!突然鈍い音と感触が押し寄せ、ロゼットは目が覚めた。まぶたを上げると、世界が逆さまに映っている。瘤ができた頭を擦りながら起き上がり、時計を確認すると何ときっかり零時だった。

「やった、成功だ!」

「怪我してる時点で失敗なんだよ。何アンタ、頭ぶつけるのアラームだったのかい?」

ロゼットは時間通りに起きられたことに大喜びだったが、リエーテは小言を言いながらロゼットにゲンコツをした。余分に瘤が一つ増えてしまい、ロゼットは完全に眠気が飛んだ。

「リエーテさん今日も無駄に早起きですね。それに朝から怒るとシワが増えますよ〜?」

ロゼットは満面の笑みでそう返してみせた。リエーテは少し血管が浮き出し体温が上昇していた気がするが、部屋が暗くてよく分からなかった。

 宿を出ると、入口近くでラヴィーネとカイルが待っていた。自身にロゼットとアウネロの二人の精神が宿っていることはラヴィーネには言っていなかったため、ロゼットは動揺を隠せない。

「あの…何でラヴィがいるの?」

「私もアイヴィー探しに付いていくからよ。ロゼみたいな貧弱な人を放っておけないわ。」

ラヴィーネの毒舌さに、流石のロゼットも少し涙が出てきた。側で会話を聞いていたカイルは思わず苦笑し、話題を即座に変えた。

「アイヴィーの咲く場所まで案内しますよ。少し道が入り組んでいるので、はぐれないようにしてください。」

カイルがそう言うと皆黙って彼女の後ろを付いていった。そのおかげでロゼットとラヴィーネとの会話は強制的に切り上げられる事となり、ロゼットの心は無事に守られた。


 到着した先には、背の高い草で構成された茂みが辺り一面に広がっていた。カイルは立ち止まると、後ろの方を歩いていたロゼット達の方を振り返った。

「ここですね。この茂みに紫色の花が隠れているので、それがアイヴィーです。」

「茂みの中って…まさか、ここら一体を全て探すんですか!?」

ロゼットが必死に抗議しても、カイルは依然としてキョトンとした瞳で彼を見た。

「そうですけど…先程もそう言いませんでしたか?」

当たり前でしょ、という気持ちがひしひしと伝わってくる。同情を求めて後ろを振り向くと、リシュアは微妙な顔つきで目配せをしてきた。ルーダは作り笑いで無理やりやる気を奮い立たせようとしている。リエーテは何も反応はなかったが、目の光はいつもより弱い気がする。ラヴィーネはというと、

「面倒くさ…もうここの茂み焼き払えば…ブツブツ。」

と何やら危ない事を真顔で呟いている。悪寒がしてきたので、ロゼットは真面目に探そうと強く決意した。

 六人がかりで茂みの中を探すと、案外早いものだ。ロゼットが草をかき分けて、よく目を凝らして地面を見渡していると、一輪の紫の花が目に入った。

「こ、これ…アイヴィーじゃない!?」

アイヴィーを探して早三十分、腰をかがめ背骨が曲がる程の苦難を乗り越え、今ようやくその努力が報われる時が来たのだ。嬉々とした様子で花を摘もうとすると、後ろからリエーテの声が聴こえた。

「気をつけなよ、ロゼット。それ魔物かもね〜?」

「無駄に不安にさせないでくださいよ…流石にないですって。」

ロゼットはリエーテの冗談を軽く笑い飛ばし、花の茎を折ろうと茎を掴んだ。すると手の甲に痛みを感じ、手を見ると花の花弁から生えた牙がロゼットの皮膚に食い込んでいる。ほんの数秒間思考が停止している間、花はロゼットの手を噛んだまま巨大化した。瞬く間に花は人間と同じくらいの大きさにまでなり、そこでようやく理解した。

「ロゼットこれ…人面花っていう魔物の一種だね。」

「へ?…この流れで、本当に魔物なワケあるかぁー!」

ロゼットは怒りのあまり全身を使ってバタバタと大暴れし、人面花の口から力技で手を抜き取った。

「ゴメン…アッハハハハ!」

リエーテは口先だけ謝り、腹を抱えて大笑いしていた。ロゼットは目の前の魔物より目の前の味方に明確な殺意が湧いてきた。

 リエーテの大きな笑い声に反応し、別の箇所で捜索を続けていた仲間たちも一斉にロゼットの元へ集まってきた。しかし、彼らが真っ先に目にした光景は笑いながら地面を転げ回るリエーテと牙をカチカチと鳴らしている人面花の姿。到底理解できるものではなかった。

「えと…な、何があったんですか?」

「あーうん、後で説明するから。取り敢えず魔物退治手伝って欲しいな。」

 ロゼットが人面花の方を再度見ると、カイルが人面花に近づいてきている。しかも彼女は武器を持っていない状態ではないか。ロゼットは必死に呼び止めたが、カイルは立ち止まらず、代わりにニコッと笑ってかえしてみせた。

 人面花はカイルを警戒し攻撃耐性に入るも、カイルは変わらず優しい表情で近づく。次の瞬間、人面花は自身の茎にトゲを生やし、カイルの腹部を貫いた。

「…!?カイルさん!」

目の前の現実を受け止めきれず、ルーダは悲痛な声でそう叫ぶしか無かった。カイルはトゲを抜こうとはせず、両手で花の部分を彼女の方へ寄せた。

「…ごめんね、望んでその姿になったんじゃないのに。」

花にそう囁くと、人面花ははっとした様子でカイルからトゲを抜いた。緑色だったはずのトゲは無惨にも紅く染まっている。人面花は突然カイルに対する敵意を失い、静かに佇んでいる。カイルはレイピアを構え、一撃で人面花の首に当たる部分を跳ねた。紫色の大きな花は宙を舞い、そして地面に転げ落ちた。カイルはこの時、どこか遠くの景色を見ているようだった。

「カイルさん、傷は大丈夫ですか?ちゃんと治療しないと…」

ルーダはとても心配そうにしていたが、カイルは大した事ないの一点張りだったため、一同は再びアイヴィー探しを再開した。ロゼットがふとカイルの方を見ると、彼女には傷一つ見受けられなかった。

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