第九巻
第33話 守るよ、キミの世界
あたりを見渡すと、スミスの里の方面から誰かがこちらへ歩いてきているのが見えた。しかし、ここからでは木の陰が邪魔で顔がよく見えない。ラヴィーネが立ち止まるよう忠告をしたが、それでも足を止める気配はない。彼女は一歩前に出て、もう一度呼びかけた。
「聞こえないのかしら?もう一度だけ言うわよ。立ち止まり、名を名乗りなさい。そこから一歩でも動いたら、この場で切り捨てるわ。」
ラヴィーネが鞘から刀身を覗かせたタイミングで、それはようやく立ち止まった。日向で足を止め、明るい太陽のもとにその顔をさらけ出した。そして、その顔はラヴィーネを除く四人にとって見覚えのある顔であった。
「か、カイルさん?どうしてここに…」
「どうして?そんなもの、一つしかないでしょう?…ルーダくんの出自についてです。」
「ちょっと、結局貴方誰なのよ。名を名乗れと言わなかったかしら?」
ラヴィーネに話の腰を折られ、カイルは少し不服そうにしていた。しかし、一つため息をつくといつもの冷静な表情に戻り、あまりの切り替えの速さにラヴィーネも驚いた。正常な精神状態で、ラヴィーネが驚く様を初めてみたロゼットもまた驚いた。このドミノ現象のような状況をよそに、カイルは自己紹介を始めた。
「私は…私は、カイル・セルスターという者です。一応はルーダくんの育ての親に当たりますね。」
「(カイルさんの名字初めて聞いたな。というか、セルスターって何処かで…?)」
「カイルさん、やっぱりボクの親について何か知っているんですね?」
「知っているも何も、ルーダくんの父親は私の友人だからね。君のことも全部知っているよ。もう少し大人になってからでも良かったんだけど、ね。」
[大人になってから]の部分に、ルーダは引っかかる所があったが、生憎カイルには十数年面倒を見てくれた恩がある。その点は頭が上がらないので、怒らずに密かに頬をプクッと膨らませた。なお、彼のペット達の怒りの沸点はより低かったようだ。
「(ギュルルル…キュッキュー!)」
「(グルルルル!)」
ポケットの中から、ポーチの中から、マントの内側からカイルへの苦情が大量に聴こえてくる。ルーダは苦笑いをしながら、ポケットの口を軽く塞ぎ、ポーチの側面をつつき、背中を掻くふりをしてペットの足をくすぐった。静かにしてほしいという彼なりの合図である。その様子を見て、カイルは手で口元を押さえクスクスと笑った。
「ふふっ…あぁごめんなさい。勿論、今から全て話しますよ。ルーダくんの父親のことも、どうして私に預けられたのかも。」
カイルがロゼットたちに語ったのは次のような内容だった。
▷▷◁◁
貴方達の予想通り、ルーダくんの父親は王国騎士団のアフィーノ将軍です。奥様は元々平民の生まれで、そのせいで周りから嫌味を言われることが多かったそうです。その結果心労がたたって、ルーダくんをお産みになった直後にこの世を去りました。
ルーダくんが二歳の時のことです。将軍と二人きりで庭を散歩をしていると、近くの石に躓いて膝を擦りむいてしまったんです。将軍より先にルーダくんに駆け寄ったのは、兎の姿をした小動物でした。そして、それはルーダくんの傷口をペロペロと舐めたんです。
「あはは…えへへ。」
「キュー?キュキュキュ。」
それから、小動物はピッタリとルーダくんにくっついて離れなくなりました。無理やり引き剥がそうとすると涙目になったので、その日は小動物とともに帰宅したようです。
「あら将軍、坊っちゃんについているそれは何ですか?」
「散歩の途中に懐いてしまってね。ルーダのそばを離れないんだ。どうしたものかな…」
「まぁ、父親に似て誰からも好かれる子ですわ。将軍も誇らしいことでしょう。」
将軍はずっと気になっていることがありました。小動物は、兎にしては小さすぎるのです。仕事終わりに部屋の書物を漁ると、小動物は魔物だということが分かりました。
「ルーダは魔物に好かれる体質だというのか?あの小動物が同族にルーダのことを話したら、これから屋敷に魔物が来るかもしれない。そうなったら…」
将軍が恐れていたことは現実になりました。数週間と経たない内に、夜中に王国に近づく魔物が約二倍に増えたのです。不幸中の幸いか、武器で威嚇をするとほとんどがすぐに逃走しました。それでも、急激な魔物の襲撃数の増加によって門番の負担も増え、それは騎士団の中でも問題視されました。
「なんも前触れもなくここまで増加する訳がない!原因を突き止めないことには、何も始まらないではないか。早急に調査を開始するのだ!」
「そうだ、そうだー!」
「…では、調査隊を結成することについて採決を行う。賛成のものは?」
会議の結果、賛成多数とみなされ、一週間後に増加の原因の調査を開始する事が可決されました。
「将軍、最近顔色がよろしくありませんね。何かあったのですか?」
「いや、何でもないんだ。ルーダに会ってくるよ。」
ギィー。ドアを開けると、ルーダくんが沢山の[友達]と楽しく遊んでいました。魔物の増加に伴い、ルーダくんに懐く魔物も増えていたのです。誰にも悟られないために、[友達]の事は隠し通すよう念を押していましたが、部屋は段々と賑やかになります。いつか、誰かに屋敷の魔物が見つかる事は分かりきっていました。そうなれば、ルーダは魔物の手先として命が危うくなるかもしれない。アフィーノ家が没落すれば、屋敷で働く人の生活も守れなくなるだろう。将軍はどちらも守るために、ある計画を立てたのです。
「ルーダ、少し父さんと出かけないか?勿論、友達も一緒にな。」
「んー?うん!」
その日、将軍はルーダくんを連れて馬車に乗りました。護衛を付けさせないために、その遠出のことは決して誰にも話さなかったそうです。ルーダくんは何処へ向かうのかも知らずに、ワクワクしながら出かける準備をしていたと聞いています。
人で賑わう王都から、人気のない自然の中へと馬車を進めました。最初は楽しそうにしていたルーダくんも、そこまで行くと不安そうな様子でした。崖の近くで馬車を降り、ルーダくんと手を繋いで歩いて行った先は、私と将軍の待ち合わせ場所でした。
「カイルさん…ルーダをよろしく頼む。今はまだ、俺がこの子の父親でいられる状況ではない。」
「本当にそれで良いんですか?ルーダくんは貴方の唯一の家族なのに?」
将軍は私の質問には答えませんでした。ルーダくんと目線を合わせるためにしゃがみ、肩に手をおいて話し始めました。
「いいか、お前はこれからこの人にお世話になるんだ。お父さんが必ず、お前が友達と幸せになれる環境を作る。それまで、いい子で待っているんだぞ。」
それが、親子の最後の会話です。将軍が必死に涙をこらえているのが見えました。将軍がルーダくんに背を向けると、ルーダくんは後を追おうとしました。
「あ、パパ、パパ!あぅ、ぅあ…」
将軍の後ろ姿が見えなくなるまで、走ろうとするルーダくんを静止し、宥めました。そして、泣きつかれて寝たルーダくんをミコヤの町外れの一軒家に連れていきました。
数日後、アフィーノ家の一人息子が馬車の転落事故で亡くなったという知らせが世界中を巡りました。崖下で転落した馬車が見つかり、中にはグチャグチャになった何かと血痕があったそうです。近くにいた将軍は手首が深く切れていて、片足を骨折していました。グチャグチャになった何かの側に、ルーダくんが当時気に入っていた玩具が落ちていたことから、それがルーダくんだと断定したそうです。それっきり魔物の襲撃数が元に戻り、調査隊は結成されずじまいでした。
▷▷◁◁
「将軍の計画は、ルーダくんを死亡扱いにすることで真相を有耶無耶にすることでした。それで、特に注目も浴びていない私がルーダくんを引き取ることになったんです。将軍という地位の都合上、基本的に名が知られている人との付き合いが多かったですからね。」
カイルが話した内容は、あまりにも壮絶なものだった。その場にいた全員が言葉を失い、ただただ親子の不幸を悲しむばかりだった。衝撃を受けたのは、無論ルーダ本人も同様だ。
「そんな事が…父さんは、ボクのためにそこまでして…」
「『エルダート・フォン・アフィーノ』。それが、君の母親がつけてくれた名前だよ。父親と離れ離れになったショックで、ルーダくんは忘れていたみたいだけどね。」
「…すみません、少し一人にさせてください。」
ルーダはそう言うと、木々の奥へと駆けていった。ルーダは今、何を思っているのか。それは誰にも知り得ないことだが、ロゼットは彼に対し[可哀想]というより[愛されているんだな]という気持ちが湧いてきた。
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