第12話

 平成十一年の元旦。

 今年も岡谷家は、全員が健康で、新年を迎えることが出来た。毎年の元旦の恒例である、宗像大社への初詣も済ませた。

 五百円の福引は十一等で、小さな縁起物の飾りであった。思えば、平成五年の奄美への転勤の時は、三等で、太鼓を打ち鳴らされ、特大の熊手を貰ったのだった。懐かしい思い出である。

 お参りから帰って、これも恒例であるお屠蘇を家族で飲み交わして

「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」と家族三人で復唱する儀式も無事に終了。

 おせち料理を食べて、雑煮も食べ、雄一は飲み続けた。そして、昼過ぎになってから、今年もいつも通りに年賀状が届けられて来たのだった。みんなで適当にとって見ながら、送り主の顔を思い浮かべながら内容を確認していた。この光景も例年と変わらない。

 しかし、雄一は、恵子からの年賀状が無い事に、いち早く気が付いたのだった。

 雄一にとっては、恵子からの年賀状を読むことが元旦の一番の愉しみであったのだ。遅れて明日以降に届くかも。奄美は遠いからと考えて、気持ちを取り直したのだった。でも、結局、翌日の二日にも、その次の日の三日にも届かなかった。一週間後にも十日経っても恵子からの年賀状は届かなかった。

 奄美空港で手を振って、手を振り返した、あの日の一瞥べつ以来、恵子とは年に一回の年賀状のやり取り以外には交渉がなかったのである。

 一年に一回だけの元旦の年賀状だけで、今のふたりは繋がっていたのだった。あれから三年の歳月が流れていた。雄一から連絡しても、会うことをかたくなにこばみ続けたのである。福岡に来ないかと誘ったこともあった。でも、その度に

「奥様を大切にしてあげてね!」と言うだけだった。この言葉だけは、雄一の脳裏から消えなかったのである。

 仕事始めの四日に、雄一は会社から美容室『恵』に電話してみた。すると

『お掛けになった電話は、現在使われていません云々』とテープでの音声が流れるだけであった。前回電話したのが一年半前であった。その後、雄一も仕事に追われ、娘の明美の受験もあったので、直接、話したことは無かったのである。でも、昨年には年賀状はちゃんと届いて居たのである。娘さんと二人で映った写真入りの年賀状であった。

 美容室を止めたのだろうか?

 大阪の娘さんの所に引っ越した?

 再婚した?

 雄一は、いろいろと可能性を考えてみたのである。いくら考えても結論が出るはずはない。それでも考えつづけたのである。奄美の知人や友人に電話して、訊くのは簡単だが、それは絶対に出来なかった。

 雄一は、プラザアスカ大島店に出張することにした。店のスタッフと会議するという名目で。議題は、『チラシについての効果の検証と、今後の課題について』

 店舗側のメンバ-は営業企画担当次長と営業課の課長全員を指定した。これは今年の上半期中には実施する予定だった会議であった。それを少し、前倒ししただけであった。雄一は、昨年の四月から販売促進部の部長に昇格していたのである。誰も異議を差し挟む者は居なかった。

「今回は、私一人で行ってきますね。同行者は要りません」と留守中の事を次長に指示して、二泊三日の予定で奄美大島に出張したのだった。それは一月二十一日の月曜日だった。

 事前に店にはファクスで文書連絡をしていたので、会議は予定通りに開催することが出来た。三月からの新年度の第一四半期の販促計画の叩き台の案も策定することが出来た。雄一の今回の出張での仕事は予定通りに消化出来たのだった。

 十時から昼食を挟んで十七時までの実質六時間の会議だった。参加者にとってはかなりハードな会議だった。雄一は一旦ホテルに戻って、少し休憩してから、名瀬商店街に向かったのである。そして、徳永商店を訪れたのである。

 徳永社長も、息子の賢治さんも店に居た。

「こんにちわ。岡谷です」と店の中に入って行った。二人は雄一の顔を見て、驚いた様子だった。

「えっ、岡谷さん⁉」徳永社長はびっくりして、しげしげと雄一の顔を見ていた。

 賢治さんも懐かしそうに近づいて来た。彼は、「どうしたのですか?」と笑顔で握手を求めた。

「はい。仕事で出張してきました」徳永社長は雄一を事務所に案内してくれた。

 賢治さんはお茶を入れて呉れた。

「ところで、苗木の方はどうですか?」雄一は賢治さんに話を向けた。

「はい。なかなか売れ行きはいいですよ」と賢治さんは嬉しそうに応えたのである。月に合計で百鉢平均売れているらしい。

「いやあ、それは良かった」雄一は健闘を讃えたのである。店の方から賑やかな声が聴こえて来た。団体のお客さんが来店した様であった。賢治さんは店の方に向かって事務所から出て行った。

 雄一は徳永社長と二人きりになってから、声を少し低くして、訊いてみたのである。何気なく訊ねると言った口調で

「社長。美容室の円山まるやまさんは、お店を止めたのですか?」

「いやあ、それが大変だったのですよ!」と社長も声を落として話し出したのである。内容を聴いた雄一は、驚愕のあまりに、一瞬、心臓が止まるかと思ったのである。徳永社長は、恵子と雄一の関係は全く知らない様子であった。

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