魂願所へようこそ

藤桜

第1話《私と少年と魂願所》

 日々暖かくなり、街には緑が広がり始めた春の日。

 私、有宮ありみや由紀ゆきは現在高校一年生。来月には高校二年生になりアルバイトが解禁されるため学校帰り貰った求人情報誌を公園のベンチに座りながら隅から隅まで見渡していた。


「(ん~……ここは家から遠いしやっぱりどこも距離がある。これはフルタイムかぁ。こっちは夜勤募集……)」


 なかなか近くでの応募しているところは少なく悩んでいるとどこから誰か泣いているような声が聞こえてきた。

 その声がする方を見ると小学校低学年くらいの女の子が木陰で泣いているのが見えた。

 公園には遊んでいる人や通行人が居るのにまるでその子が見えないかのように誰一人その子を見ず、声をかけようとしなかった。

 私は求人情報誌を鞄に仕舞いその子の所へ行き声をかけた。


「どうしたの? お母さんは?」


 すると女の子は泣くのを我慢しながら小声で「わからない……」と答えた。

 近くには大型ショッピングモールや映画館など商業施設が多くあるからたぶん迷子だと思う。

 近くの交番を調べようとスマホを取り出した時、一人の少年が声をかけてきた。


「どうかした?」

「いや、この子が迷子みたいで近くに交番が無いかなって」


 少年は私と迷子の女の子を見た後「なるほどね」と呟いた。


「付いて来て」

「えっ、ちょっと待って」


 私は女の子の手を取り一緒に少年の後を追った。

 少し歩き着いたのはとある小さな建物。どう見ても交番ではない。入口の看板には魂願所こんがんしょと書いてあった。

 観た感じ何かのオフィスっぽい感じ。

 少年は扉を開け中に入り、私も後から恐る恐る入った。室内それほど広くはなく少し散らかっている。


「あの、ここって……」

「ここは俺の事務所。ソファにでも座ってよ」

「う、うん」


 私と女の子はソファに座ると向かいに少年が座った。


「一応聞くけど君はこの子がはっきりと見えるんだな?」

「見えるって?」

「やっぱり気づいてないか。この子は魂だよ。一般的に言えば幽霊に近いかな?」

「えっ? 一体何を……まるでこの子が見えているのがおかしいみたいじゃない」

「実際に見せた方が良いか」


 すると少年はゆっくりと立ち上がると近くに置いてある大きな物の布を外した。

 そこには自分の背丈くらいある姿見鏡があった。


「鏡?」

「この鏡の前に来て。君はソファに座っていていいから」

「うんっ」


 私は言われるがまま鏡の前に立った。

 もちろん映るのは私自身だ。何も変わったところが無いと思っていたがよく見るとあり得ない光景が写っていた。

 映っていたのは私と隣にいる少年だけ。ソファに座って居るはずの女の子が写っていない。


「えっ? どうなっているの?」

「見ての通りその子がこの鏡に映っていないだけよ。魂は鏡には映らない」

「それってどういう……」

「さっき言っただろ、その子は魂って。分かりやすく言うなら幽霊だね」

「幽霊!?」

「もしは幽体離脱しただけかもしれないけど」

「ってことはどこかに本体があるの?」

「それはどうかな? 魂だけが抜けだしているってことは二通りあるんだ。一つはどこかで身体だけが眠っている。もう一つはその子はもう亡くなっていて成仏出来ずこの世に居るってこと」

「どうやったら生きているのか分かるの?」

「それはまだ分からない。取り敢えずその子の身体がどこかにあるかもしれないから探してみるか」

「でもどうやって探すの? この辺りだけでも病院はいくつかあるし、ましてや家だとしたら不可能に近いよ?」

「肉体がまだある魂はある程度その肉体から離れることはないんだよ。まぁそれでも凄い数の家とか探さないとだけど。取り敢えず近くの病院に行ってみよう」

「ここから一番近いというと大通りにある病院ね」


 私は女の子の手を取り少年と一緒に魂願所を出て病院へ向かった。

 今こうして手を繋いでいる子がこの世に居ないなんて今でも信じられない。

 私の手には確かに手の感触がある。


「そう言えばその子の名前は?」

「名前? そう言えば私もまだ聞いていなかった。ねぇ、お名前は?」

吉田よしだ香織かおり

「香織ちゃんだね。わかった」

「そういえばあなたもこの子が見えるのに何で人じゃないって分かったの?」

「足元をよく見れば分かるよ」


 私は香織ちゃんの足元を見て驚いた。

 そこにはあるはずの影が無かった。


「え? 影が無い」

「そう。俺たちみたいに見える人は基本この影の有無で判断するしかないんだよ」

「そうなんだね。それにしても詳しいね」

「まぁそれ系の仕事をしているからな。もう病院に着くよ」


 歩くこと数十分、ようやく病院に到着した。

 ここは市内最大級の病院。ここでは無かったら探すのがかなり苦労しそう……。

 少年と香織ちゃんは待合室で待って居る間私はお見舞いの受付に向かった。


「あの、この病院に吉田香織という小学生くらいの女の子は入院していますか?」

「お調べしますね。えーっと……501号室に現在入院されていますね」

「お見舞いに行くことは出来ますか?」

「現在は面会が出来ないようですね。何かお伝えしておくことがあれば伝えておきますけど」

「あっ、大丈夫です。ありがとうございました」


 吉田香織という女の子が入院しているか聞くとその部屋は現在面会謝絶だった。

 私はそのことを待合室にいる少年に伝えた。


「会えないみたいだけどどうするの?」

「部屋の近くまで行ければ大丈夫。部屋番号は聞いた?」

「501号室に居るみたい」


 私たちはエレベーターに乗り香織ちゃんが寝ているという501号室へ向かった。

 入口には“関係者以外立ち入り禁止”と書かれた札が掛かっていた。

 その病室からは「香織どうして起きてくれないの?」と言う女性の声が聞こえた。きっとお母さんだと思う。

 その声を聞いた香織ちゃんは「お母さん……」と呟き今にも泣きそうになって居た。

 この幼さで訳の分からない状態になって居るから無理もない。


「これからどうするの?」

「香織ちゃんはお母さんに会いたいよな?」

「うん、お母さんに会いたい……」

「その気持ちがあれば充分。もう行って良いんだよ」

「うんっ!」


 香織ちゃんの手が私の手から離れた。


「お姉ちゃんお兄ちゃんありがとう。バイバイ」


 香織ちゃんはニコッと笑顔を見せ、手を振ると霞のように静かに消えて行った。


「ちょっ、香織ちゃん!?」

「もう大丈夫かな」

「なにが?」


 しばらくすると部屋の中からは母親の喜びの声が聞こえてきた。

 そしてすぐに数人の医者や看護婦が中に入って行った。


「俺たちのやる仕事はこれで終わり。さて帰るか」

「う、うん」


 私と少年は病院を出た。

 なんか人助けと言うか魂助けをしたって感じ。

 こんなに気持ち良い事をした日は久しぶりかもしれない。


「君、これから俺の事務所で働かないか?」

「え? 私が?」

「さっき求人情報雑誌を読んでいたからさ」

「私で良ければ是非。あっ、私は有宮由紀」

「俺は永瀬裕也ながせゆうや。裕也って呼んで」

「それじゃぁ私も由紀って呼んで。そっちの方が呼び慣れてるから」

「よろしく、由紀」


 こうして私の新しくアルバイト先が決まった。

 てかここは給料が出るよね?

 さっそく不安になって来た……。

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