第19話 捕らわれのお貴族様

「ふっ……ふっ……ふっ!」


 シャーロットは学院内の訓練場でひたすら短杖を振るう。

 生成された風の刃が幾重にも重なり、訓練用の魔法人形に命中した。


 バラバラ死体もかくやという程細切れになった魔法人形は、しかし自動修復機能によって再生。それをまたバラバラにする。再生。


 バラバラ。再生。バラバラ。再生。バラバラ。再生。


 魔力が底をついた時、シャーロットはようやく手を止めた。


「はぁ……はぁ……はぁ……。こんなんじゃ、全然、ダメですわ……」


 大粒の汗が額から顎を伝わりぽたぽたと垂れる。目に汗が入るのを気にも留めず、シャーロットは先日のテオの言葉を思い返していた。


『テオ……あなたも、不老長寿になりたいのですか……?』

『僕? 僕は……うーん、どうだろう。そんなに拘りはないかな。でも――』


 あの時の表情は、感じた衝撃は、一生忘れることはないだろう。


『長く生きれた方が、たくさんの人を救える。だったら不老長寿になるのも悪くないかなって思うよ』


「くっ……!」


 ギリッ、と強く奥歯を噛み締める。

 腹立たしいことこの上ない。腸が煮えくり返りそうな程に沸騰し、怒りという純粋な感情が底から沸いて出てくる。


 どうしてあんなことがさらりと言えるのだろうか。何でもないような顔で、それが当然みたいな顔で。

 不老長寿になってすることが、他人を助ける? それを死ぬまで続ける? 生きている間ずっと? 何年も何十年も何百年も何千年も。


 テオには、その覚悟がある。



 確かにシャーロットにも覚悟はある。それはこの国を変えること。

 このマグミリオン王国は貴族連中が私腹を肥やすための機能と成り果てつつある。由緒正しいセレスティア家の娘として、シャーロットにはそれを直す使命と覚悟がある。


 そのために今まで勉強も鍛錬も貴族としての礼儀作法も政治の駆け引きも、全部全部頑張ってきた。

 全てはこの国を変えるため。


 でも、その後は? その後はどうする?

 国をよくするために尽力する。確かにそれがやるべきことだ。


 だがテオの様に――。

 一生、 死ぬまでこの身を捧げて国を良くしようだなんて考えていたか?


 いいや。そんなこと考えもしなかった。


(ムカつく……ムカつきますわ……)


 この怒りはテオに向けられたものじゃない。



 ――自らの弱さに向けられたものだ。



「あああああああ! 絶対! 絶対に負けませんわああああああ!!!!」


 シャーロットはすっからかんになった魔力を無理矢理に捻り出し、特大の風の刃ウィンドカッターを魔法人形に向けて放った。


 どぉん、と魔法人形の奥にある壁に衝突。と共に、シャーロットは「あぅ……」と力なくへたり込む。完全なる魔力切れだ。


「うっ……気持ち悪い……ちょっと調子に乗り過ぎましたわ……」

「大丈夫?」


 口元に手を当てながら後ろを振り返ると、そこにいたのは――


「イ、イヴ様……!? どうして……」

「大きな音が聞こえたから見に来た。鍛錬に励むのはいいこと。でもやり過ぎは良くない」

「あ……うぅ……」


 情けない姿を憧れの人に見られてしまった事実に、シャーロットの顔がみるみると赤く染まっていく。あまりの羞恥心に、さっきまであった吐き気もどこかへ消えていた。


 シャーロットは、これ以上みっともない姿は見せられない! と気を取り直してすっと立ち上がる。スカートの裾を直し、髪をささっと手櫛で整え、キリッとした表情を浮かべる。


「大丈夫そ?」

「えぇ、ご心配いただきありがとうございますわ」


 そうは言ったものの内心では心臓バクバクだ。

 羞恥と緊張と後やっぱり魔力切れの影響でかなりやばい。


「ふらふらだけど」

「おほほ、お気になさらず。社交パーティで披露するダンスの練習ですわ」

「そう」


 興味なさげなイヴに若干心を抉られながらも、シャーロットはちらと訓練場内の時計を確認する。

 次の授業までもう時間もない。イヴと二人きりというのは最高にハッピーではあるが、授業をサボるなんて絶対にできない。


「申し訳ありませんが次の授業があるのでこれで失礼しますわ、イヴ様」

「そっか。気を付けて」


 優雅に一礼すると、シャーロットは訓練場の出口に向かう。


「待って」

「? はい?」


 振り返った先に見えるイヴの表情は、相変わらず無だ。


「大事な用事があるんだった」

「用事……? ワタクシに、ですか?」

「そう」


 イヴはゆっくりとシャーロットに近付く。その長い銀色の髪がさらりと揺れた。


「正確には魔力に、だけど」

「え……」


 直後、首筋に鈍い衝撃。

 それがイヴによる攻撃だと気付いた時には、もう手遅れだった。


「イヴ……様……なぜ……」


 薄れゆく意識の中、イヴの空虚な瞳がただじっとこちらを見つめているのが見えた。



 ***



「シャーロットさん……!」


 テオが訓練場に着いた時、彼は自らの予感が的中してしまったことを悟った。

 視界に映るのはシャーロットを片手で抱えるイヴの姿。


 瞬間、自らの意志に反して怒りの感情が沸き上がってくる。

 どろどろとした仄暗ほのぐらい感情。脳裏にネメシスの影がちらついた。


「シャーロットさんを離せ」

「それはできない」

「だったら、力尽くで取り戻す!!」


 その髪と瞳を真っ赤に染めて、テオは素早く剣を抜きイヴに向けて跳躍。

 片手が塞がっている以上戦闘力は半減されているはず。


氷の槍アイスランス


 飛来する幾本もの氷の槍アイスランスをテオは剣で叩き落とす。そのまま接近し、イヴに向けて剣を振り下ろす。一切の容赦のない、殺意に満ちた一撃。


氷の槍アイスランス


 だがイヴは事ここに至っても先程と全く同じ魔法を唱えた。

 テオはにやりと不敵な笑みを浮かべる。氷の槍アイスランスなら剣で払って終いだ。そう考え――


 真下から生えるように伸びてきた氷の槍が、テオの体を貫いた。


「がっ……」

「慢心、ダメ」


 突然の出来事に思考が一瞬止まる。

 だがテオは、直後に何事もなかったかのように剣を振るった。


「――ッ」


 イヴは間一髪のところでその攻撃を避ける。相変わらずの無表情だが、その瞳は小さく揺れていた。


「さすがにちょっと……痛いね」


 バキン、と氷の槍を半ばからへし折り、テオは自分の腹を擦る。

 多少の傷はあれどほぼほぼノーダメージ。圧倒的な防御力でイヴの攻撃を防ぎ切っていたのだ。


「噂以上。さすが『岩より固い男』『ただのストーンゴーレム』『てか剣も魔法も効かないんだけどマジで人間?』と言われる男なだけある」

「それまだ言われてるんだ……」


 恥ずかしそうに頬をかくテオ。そこに先程までの怒りに満ちた様子はない。


(痛みで少し冷静になれたぞ。まだまだコントロールが甘いな、僕も)


 ネメシスの精神汚染の影響か、その血を引いているからか、時折ああして我を忘れてしまうことがあるのだ。まだまだ修行が足りない。


「ふぅぅ……」


 テオが小さく息を吐いて剣の柄を握り直した時――


「「イヴ……!?」」


 ルーナとミズキの声が聞こえた。グッドタイミングだ。


「二人とも手を貸して。シャーロットさんを助――」

「なぜお前がここにいる、イヴ」


 テオの声はミズキの殺気の籠った声でかき消される。

 いつもよりも数段低い声で、刀に手をかけ、今にもイヴに斬りかかりそうな勢いだ。


 そしてそれは、ルーナも同様だった。


「コヨリ様を、どこにやった」

「――ッ!!?」


 ルーナの言葉で、テオも二人の異様な雰囲気の訳を理解した。


(そうだ。確かにイヴがここにいるはずない。だって今はコヨリちゃんと一緒にいるはずなんだから!)


 それなのにイヴがここにいる理由。


 それはという事実に他ならない。


(そんな馬鹿な! あのコヨリちゃんが、師匠が……イヴに負けた?)


 あり得ない。そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ない。

 だが事実、イヴは目の前にいる。


 気付けば冷たい汗が、ぽたりと流れ落ちていた。


「コヨリは、死んだ」


 ぽつり、と。

 それが事実であるかのように淡々と、イヴは言った。


「そんな訳――」

「黙れこの蛆虫が」


 テオの言葉を遮るように、ルーナが口を開く。


「私の、私のコヨリ様が死んだなんて、そんなしょうもない嘘をぺらぺらぺらぺらと。この、薄汚い薄氷ごときが、コヨリ様を……コヨリ様を……」


 ルーナの魔力が膨れ上がり、まるで大蛇のようにちろちろと揺らめく。


「コヨリ様を、愚弄するなあああああああああああああああ!!!!」


 途端、ルーナはイヴに向けて駆け出した。


「ちっ……テオ! ルーナを援護するぞ!」

「え、あ、うん! 了解!」


 ミズキとテオもルーナの後に続き、イヴに向かって跳躍。


「死ねええええええええええええええええええええ!!」


 3人による同時攻撃。流石のイヴも対処しきれないはず。


 だが、その目論見は外れた。


「感情は殺さないと、ダメ」


 魔杖剣エクスジールを抜いたイヴは、剣を一凪ぎ。

 それだけで3人の体は容易く凍り付いた。


「くそっ……このっ……こんな氷!」

「無駄。あなたたちじゃあ絶対に壊せない」


 氷は徐々に全身を蝕み広がっていく。


「それじゃあこの子は貰っていくから。ばいばい」

「くっ……待て! シャーロットさん!」


 テオは咄嗟に手を伸ばすも、その手も即座に凍り付き身動きが取れなくなる。


「シャーロットさん! シャーロット!」


 テオ達は、イヴの立ち去る姿をただ黙って見ていることしかできなかった。

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