第16話 師匠と弟子
コヨリはアラド学院に戻って来た。時刻は正午を回り、太陽が強い西日を差している。
先程と同じように門兵に
魔力感知を使ってテオの魔力と……配下の二人がついてきていないかを確認する。
(あの二人のことじゃから、こっそりついてきてるかと思ったが……どうやらいないようじゃな)
コヨリはふぅ、と息をついた。
ルーナもミズキもこのゲームのれっきとしたヒロインだ。あまりテオと接触させたくはない。まかり間違ってフラグが立ちでもしたら、そのままコヨリもハーレムメンバーの仲間入りの可能性があるからだ。
その未来を想像し怖気立ちながらも、コヨリは堂々と校内を歩いて行く。春休み中は帰省する生徒も多いのであまり人は多くない。だが、コヨリの魔力に気付いた何人かがギョっとした表情を浮かべていた。
コヨリは素知らぬ顔で魔力を広げていく。
(しかしテオの奴……どこにもおらんな?)
寮の近くまで来たというのに、それらしい魔力を感じない。目の前の建物は男子寮なので流石に入るのは躊躇われるが、背に腹は代えられない。
そのまま男子寮に入ろうとした時、一人の男子生徒が出てきた。
(丁度いい。あやつに聞いてみるか)
「おぉ、すまんがそこのお主」
「え、俺?」
「うむ。ちと聞きたいんじゃが、テオという奴がどこにおるか知らんか?」
「あーテオ? あいつなら地下迷宮で訓練してるよ。……そういやいつもは昼には出てくるのに、今日は随分と遅いな」
「――ッ!!」
聞くや否や、コヨリは駆け出す。「え、ちょっと!?」と先程の男子生徒の声が聞こえたが、それ所ではなかった。
テオが、地下迷宮にいる。
ただ訓練しているだけならいい。だが、もし下層区域に入っていたら?
今まさに、ネメシス=ブルームの元に向かっているのだとしたら?
嫌な想像が頭を駆け巡り、心臓がドクドクと脈打つ。
ラスボスなんて、いないに越したことはない。
奴は世界を破滅させる存在。ずっと眠ったままでいてもらうのが理想なのだ。
「くそっ……頼むから間に合ってくれ……!」
コヨリはアラド学院の本校舎、そのメインホールにある階段を殆ど跳躍するように降りていく。
長い長い階段を降りたその先には、開けた空間。生徒が授業で使うであろう剣や槍などの武器が保管されており、奥には一枚の扉。
あれがアラド学院地下迷宮への入口だ。
殆ど突撃するように、コヨリはその扉に向かって行く。
扉に手をかけると同時に、
「ふぎゅ!?」
「ごぇ!」
ひとりでに開いた扉から出てきたテオと、正面から激突した。
「ぐおおお……我の、我の鼻が……ちょっとぐにゃって言ったぞ……」
「うっ……鳩尾……鳩尾に……」
コヨリとテオ、その身長差ゆえにコヨリの頭がもろテオの鳩尾にクリーンヒットしていた。
コヨリは腹を抱えて蹲るテオの肩を思いっきり掴むと、激しく揺さぶる。
「おいテオ! おかしな所はないか!? 意識は正常か!? 誰かに操られたりしてないか!?」
「ちょ、ちょっとあんま揺らさないで……まだお腹のダメージが……」
「どうなんだ!? 平気なのか!?」
「お腹が痛い以外は特になんともないよ……」
その言葉にコヨリは少し冷静さを取り戻すと、自らの魔力でテオを覆う。
(ふむ……確かに妙な魔力は感じない。我の思い過ごしだったのか……?)
「きゅ、急にどうしたの?」
じーっと顔を凝視するコヨリに、テオは困惑していた。
「いやなに、大した要件ではない。大丈夫ならそれでよい」
「よく分かんないんだけど……」
「気にするな。もし理由が欲しいなら、なんとなく会いたくなった、とでも解釈しておけ」
「え……」
「ん?」
驚いたように目を丸くしたテオは、妙に気恥ずかしそうに視線を泳がせていた。
その態度に首を傾げるコヨリだったが、すぐに自分の発言のせいだと思い至る。
かーっと、顔が熱くなった。
「ばっ! ちがっ! そういう意味じゃないぞ! 勘違いするな! マジで! 本当に!」
「いや分かってる、分かってるよ。ただちょっと、その……なんだか照れ臭くて……」
「そ、その顔をやめろ馬鹿者! 恥ずかしがるな!」
コヨリはテオに背を向けると、一呼吸した。妙に体が熱い。
「全く……それじゃあ我は帰るのでな。お主も根を詰めすぎるなよ」
テオの無事が確認できた以上は長居する意味もない。
コヨリがそのまま立ち去ろうとした時――
「待って、コヨリちゃん」
それをテオが、止めた。
「なんじゃ、我は忙しいのじゃ」
「ごめん。でも、どうしてもコヨリちゃんにお願いしたいことがあって」
「……言うてみぃ」
大体何を言われるのかは予想がつく。
「僕に、修行をつけてほしいんだ」
「嫌じゃ」
だからコヨリは即答した。
「ぐっ……そこをなんとか……」
「嫌ったら嫌じゃ。なぜ我がそんな面倒なことをしなければならんのじゃ。それに言ったであろう。弟子は取らぬ主義だと。諦めろ」
コヨリはひらひらと手を振って再び歩き出す。
「こ、今度! この前行ったお店でケーキの食べ放題があるんだ!」
ぴく。
コヨリのふさふさな狐耳が僅かに動いた。
「入れるのは当選者だけで、倍率は30倍以上! でも僕なら贔屓にしてくれる!」
必死にコヨリを引き留めようと、テオは精一杯のプレゼンを行う。
コヨリはゆっくりと振り返ると、「ふんっ」と鼻で笑った。
「テオよ。お主は我を見くびり過ぎじゃ。我はな、そんな甘軽い女ではないわ!」
「な、なんだって……!」
ケーキバイキング。確かに魅力的だ。大層魅力的だ。正直めっちゃ行きたい。
だが、そんなほいほい何度も何度もスイーツで釣られて堪るものかという謎のプライドがコヨリの中にはあった。
ちょろいとか思われたら心外だからだ。断じてちょろくない。ちょっと甘い物が好きなだけだ。
「ふっ、残念だったな。我はこう見えても一端のレディよ。お子様と侮ったお主の負けじゃ」
「ぼ、僕は……!」
テオはコヨリの前に立ち塞がると、ぎりっと唇を噛み締めた。
「僕は強くならなくちゃいけない。強くなる必要があるんだ。僕はなりたい。あのネメシス=ブルームのような英雄に。困ってる人を、この手で救いたい。だからコヨリちゃん、お願いします。僕に修行をつけてください!」
そう言ってテオは頭を下げた。
その姿をコヨリはただ黙って見つめる。
(流石は主人公……じゃな)
コヨリは、別にテオのことが嫌いではない。どちらかというと好きなキャラだ。
主人公としての誠実さや他人を思いやる心、そういう善性の塊のようなテオが強くなりたいと願う気持ちを、コヨリだって無碍にしたくはない。
ただコヨリがテオとくっつきたくないがゆえに、手を貸したくないだけなのだ。
テオは悪い奴じゃない。確かに原作では最終的にハーレムエンドとなるがそれも別に女好きのクズ野郎という意味ではないのだ。
テオはヒロイン一人一人と、真摯に向き合う。その末のハーレムエンド。前世でエンディングを迎えた時、コヨリ自身も幸せになった彼らを祝福し、自分事のように喜んだ。
つまり何が言いたいかというと、こうやって真っ向からお願いされるのが、コヨリにとって一番断り辛い――効果的なやり方なのだ。
「むむむむ……」
テオは何も言わず、ただ黙って頭を下げ続けている。
強くなりたいという真摯な想いをここで拒絶することは、コヨリの中の良心がよしとしない。
だからコヨリは、小さくため息をつくと、
「……分かった。だが一度手合わせするだけじゃぞ。それ以上はなしじゃ」
テオの提案を吞んだのだった。
「あ、ありがとうコヨリちゃん! いえ師匠!」
「次にその呼び方をしたらお主を本気でぶっ飛ばすぞ」
「分かりました師匠! ありがとうございます!」
「よし分かった。覚悟しとけよ。一瞬で終わらせてやる」
コヨリとテオは屋外にある訓練場へと移動する。
コロシアムのように周囲が観客席になっていて、模擬戦や試合でよく使われる場所だ。
二人は一定の距離を開けて向かい合う。
「それじゃあよろしくお願いします! 師――」
そしてコヨリは文字通り、テオのことを容赦なく瞬殺したのだった。
***
テオは大の字になって空を見上げる。夕日が雲をオレンジ色に染め上げていた。
「何もできなかったな……」
本当に一瞬だった。
大火力の
「でも、よく分かった」
テオは起き上がると顎に手を当て、思考する。
「魔力の操作は一瞬。溜めて放つを高速で行ってるんだな。練り上げられた魔力が手のひらに集中するまでも恐ろしく速かった。体内の魔力の移動も高速化してる。それにあのスピード。獣人としての膂力もそうだけど地面を蹴る瞬間、足に魔力を集中していた。少ない魔力でも最大限の威力を発揮させるコントール術。これを応用すれば――」
ぶつぶつ、と。
テオはコヨリとの戦いを分析する。
元々テオに勝つ気はなかったし、ちゃんとコヨリが修行をつけてくれるとも思っていなかった。
だが、戦えさえすれば。
テオは強くなる。もっともっと。相手が格上であればある程に。
それが主人公としての、テオの資質。
「やっぱりコヨリちゃん――師匠は凄いな。僕が知ってる中でも断トツに強い」
それはつまり、コヨリの元にいることが強くなる最短の道だということに他ならない。
テオはゆっくりと立ち上がる。暗い瞳を携えて。
「……待っててね。ネメシス=ブルーム」
コヨリの後を追うように、ふらふらと歩き出したのだった。
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