第11話 エルフの女剣士

 それはもうどこからどう見ても拉致してきたとしか思えない光景だった。

 ミズキは「んんぅ! んー!」と猿轡をかまされたまま何やら叫んでいるし、目付きがめちゃくちゃ鋭い。めちゃくちゃ睨んでいる。

 友好的に仲良くここまでやって来た訳ではないのは明白だ。


 いやそんなことよりも――


「ルーナ。……処女、というのはどういうことじゃ?」


 そんな意味の分からん条件を付けた覚えはない。

 金髪エルフで剣士で酒好きのミズキという女を探せと言っただけだ。

 そこからどう解釈したら処女なんて単語が出てくるのか、謎過ぎる。


 ルーナはえっへんと胸を張り上げて、自慢げに語る。


「私には分かります。不老長寿をお求めのコヨリ様がエルフを所望する理由はただ一つです。それは――」

「……それは?」


 コヨリは訝しげにルーナを見る。


「処女のエルフの生き血を吸えば、不老長寿になれる。そういう言い伝えを聞いたことがありましたので」

「んんっ!? んんんん!!」


 ミズキが驚愕の表情を浮かべ、首をぶんぶんと横に振る。

 コヨリは天を仰いだ。どうやらルーナという女のことを甘く見ていたのかもしれない。


(勝手に突っ走るにも程があるじゃろ! 我は吸血鬼ではなくのじゃロリ狐っ娘じゃぞ!?)


 本当に生き血を啜ることで不老長寿になれるとしても御免被りたい。そこまで行くと人としての何かを失う気がする。

 もっと不思議な魔法でとか、伝説の薬とか、そういうので成し遂げたい。生き血を啜るのは、もうそれは怪異とか妖怪の類だ。のじゃロリ狐っ娘は決して妖怪ではない。


「とりあえずルーナの言い分は分かった。流石じゃな」


 そのぶっ飛び具合が、という注釈が入るが――


「お褒めに預かり光栄です」


 ルーナは「むふん」と嬉しそうに顔をにやつかせていた。


「さぁ、それではどうぞ。遠慮なく、ぐいっと行ってください。ぐいっと」

「んー!? んんー!」


 ルーナはミズキの頭を無理矢理傾けさせると、その首筋をコヨリに差し出した。


「いやそんなどうぞ一杯みたいに言われてもな……」


 飲むのは酒ではなく血である。血は飲みたくない。


「それと……ちょっと疑問に思ったんじゃが、どうやってこやつが処女だと分かった?」


 コヨリは原作知識があるから、彼女に男性経験が全くないことを知っている。だがルーナはそうではない。

 一体どうやって知ったというのか――


「それはもう眠らせた間に直接。具体的にはまず――」

「分かった。もういい。それ以上言うな。絶対に言うな」


 どうやら知らない間に配下はとんでもない罪を犯してしまったらしい。衛兵に突き出すべきは炎刀のザンキなんかではなくこの女だったかもしれない。


 コヨリはちらりとミズキを見る。

 敵対心バリバリの瞳がこちらを覗いていた。


(そりゃそうじゃ……全く、いきなり好感度マイナスからスタートとは……)


 これでは仲間にするのはちょっと苦労しそうである。

 だがそれは、苦労するというだけで無理という話ではない。


 なぜならコヨリは、ミズキに関してのを知っているのだから。


「ルーナ。とりあえず猿轡を外してやれ。このままでは喋れん」

「生き血はいいんですか?」

「あぁうん。それはもうよい。先に話をさせてくれ」

「分かりました」


 ルーナが猿轡を外すと、当然の如くミズキはカッと口を開いた。


「このけだものめ! 早くこの縄も外せ! 私の刀の錆にしてくれる!」

「まぁまぁ落ち着くのじゃ。我はお主に手荒な真似をするつもりはない。ただ、我らの仲間になってほしいだけじゃ」

「はっ! 仲間だと? 人を誘拐するような輩の仲間になんてなる訳ないだろう!」

「そりゃそうじゃ」


 最もである。


「え、仲間……? コヨリ様、もしかしてこの者を仲間にするために……?」


 ルーナは目を見開いてふらふらとよろめいていた。


「うむ。こやつは我の大望に必要な人材じゃ。だから探させたのじゃが――」


 言いかけた所で、ルーナが突然床に頭を擦り付けた。綺麗な土下座である。


「も、申し訳ございませんコヨリ様! 私は、私はとんだ勘違いを……!」

「まぁそういうこともある。次からは気を付ければよい」

「いえしかし……こんな……こんな失態……。私、私は……!」


 ルーナの目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。

 コヨリはそんなルーナの肩に優しく手を添えた。


「誰にでもミスはある。問題はそれをどう改善し、次に繋げるかじゃ。ルーナは我に取ってなくてはならない大切な配下。気にすることはない。ルーナには、いつも感謝しておるよ」

「コ、コヨリ様……」


 ルーナは泣きながら祈りを捧げる。凄い絵面だった。


「あぁ……なんて、なんて慈悲深いのでしょう……。必ず、必ずやその恩義と御心に報いてみせます」

「お、おう……期待しておるぞ」


 そう言って、コヨリはミズキに目を向ける。


「こちらとしても手違いがあってな。すまなかった」

「それで私が許すとでも?」

「当然思わん。だから詫びの品を用意することにした。ルーナ」


 コヨリはちょいちょいとルーナを手招きし、ごにょごにょと小声で耳打ちする。

 するとルーナは目礼し、窓から跳び去って行った。


「……なんのつもりだ?」

「なぁに、ただ詫びの品を取りに行かせただけよ。すぐ戻ってくるからしばし待て」


 5分程すると、ルーナが帰って来た。手には長方形の木箱を持っている。

 ルーナはそれをミズキの前に置くと、深々と頭を下げた。


「剣士様。数々の非礼をお詫びいたします。こちらお受け取りください」


 かぽっと木箱の蓋を外すと、そこにあったのは――


「――こ、これは!? 『白龍の涙』!?」


 大きな一升瓶に入った、お酒だった。


「しかもただの『白龍の涙』ではないぞ。10年間じっくり寝かせた熟成古酒。この世に5本とない超々スーパー激レアな一品じゃ。しかも、鑑定書付きの正真正銘の本物じゃぞ」

「な、なんだって……!? これがあの伝説の……!?」


 ミズキはごくり、と喉を鳴らす。

 目が酒に釘付けだった。


(くはは……計画通りじゃ!)


 ミズキは超が付く程の酒好き――もとい酒カスだ。

 そのミズキがこんな激レアなお酒を前にすればどうなるかなんて、結果は火を見るよりも明らか。


 コヨリは原作を知り尽くしている。ミズキが酒好きなことも、この伝説の酒が実は王都の酒好きが集まる秘密クラブに貯蔵されていることも、全部知っている。

 本来であればこの『白龍の涙』はミズキとのイベントで使う品だ。各地に点在する酒を収集し全コンプリートすることで秘密の合言葉を知ることができ、それを秘密クラブのマスターに伝えると譲ってもらえるというイベント。


 当然コヨリは、その合言葉を知っていた。だからルーナに取りに行かせたのだ。


「白龍はその個体数の少なさとS級冒険者でも苦戦する戦闘力から素材を取ることは殆ど不可能。白龍の涙で作ったこの酒はまさに天に昇る美味さと聞く。これを逃したらきっと一生お目にかかることはないじゃろうなぁ」

「くっ、くれ! 飲ましてくれ! 頼む! は、早くこの縄を解いてくれ!!」


 完全に目がイッていた。さっきまでの毅然とした態度は見る影もない。


「まぁそう慌てるな。ルーナ」


 ルーナがミズキの拘束を解くと、がばっと酒に手を伸ばし、コルクを無理矢理に手でもぎ取った。

 そのままごきゅっごきゅっとラッパ飲みする。


「な、なんと豪快な……」


 世界に5本とない伝説の酒を、がばがばと胃に流し込むミズキ。

 半分程飲み干した所で、きゅぽんっと口を離した。


「ぷはぁぁぁ……! 美味い……美味すぎるぞこれは!!」

「お、おう……それはよかった……」


 なんでこう『スペルギア』のヒロインはみんな個性的なのだろうか、とのじゃロリ狐っ娘のコヨリは思った。


「さて、これで先程の非礼は手打ちとしてくれるかの?」

「むっ……まぁ流石に『白龍の涙』をもらったんだ。許さない訳にはいかないだろう。賠償金額としてはいささか貰い過ぎな気もするが」


 ミズキの言う通り、『白龍の涙』は売れば金貨何十万枚はくだらない一品だ。大豪邸とか建ててもお釣りが来るレベル。


「なに、お主に許してもらうためならば惜しくはない。それに、これはあくまでも詫びの品じゃ。仲間になってもらうために、もう一つ提案をしよう」

「提案?」

「お主のその体、我なら治せる」

「――ッ!?」


 ミズキの顔が驚愕と困惑と、期待の色で染まった。


「なぜそのことを……私の体質のことは、故郷のエルフしか知らないはず……」


 ミズキは、魔力を外に放出できない。

 つまり魔法が使えないのだ。これは魔法の才が全てなエルフ社会では致命的な欠点となる。

 だからミズキは故郷を出た。居場所がないから。そしてその体質を治す方法が、この世界にどこかにあると信じて旅をしている。


 コヨリは、ミズキの全てを知っていた。文字通り、全てだ。


「我はなんでもお見通しよ。ミズキ」

「な、名前まで……」

「あぁすまん、ミズキではないか。お主の本当の名前はラ――」

「うわあああああ!? な、なんでそんなことまで知ってるんだ!?」


 ララ。それがミズキの本当の名前だ。

 ミズキといういかにもな和名は彼女が自分でつけたのだ。それは故郷と過去の自分への決別の証。

 ――というのは建前で、本当はララという可愛すぎる名前が恥ずかしいから剣士っぽい名前を名乗っているだけである。和名なのは彼女が旅の途中で東方の侍と出会い感銘を受けたからだ。だから武器も刀だし服装も袴なのだ。


「言っただろう? なんでもお見通しだと」

「お、お前……一体何者なんだ……」

「ふっ、よかろう。我の名をその胸にしかと刻み込むのじゃ」


 コヨリは仁王立ちし、ない胸を張り上げた。


「我が名はコヨリ! 最強無敵美少女にして天衣無縫の九尾族の生き残り! 不老長寿の法を求めて旅をする――ただの、のじゃロリ狐っ娘じゃ!」


 ミズキは目を点にする。

 静まり返った空間に、ぱちぱちぱちとルーナの拍手の音だけが響き渡った。


「きゅ、九尾族……? 絶滅したはずじゃ……」

「コヨリ様はこの世の不条理を打ち砕き、世界を変えるお方。神の如きその御身がこの世から滅することなどありません」

「か、神……?」


 ミズキの頭に疑問符が浮かぶ。それも大量に。大分混乱しているようだった。


「さて、ミズキよ。それでどうじゃ? 我の仲間にならんか?」

「……本当に、私の体は治るのか?」

「治るとも。確実に。そうじゃな……治っても治らなくても、仲間になるかどうかはその時にもう一度聞くとしよう。それならお主にデメリットはなかろう」

「……すぐに、治せるのか?」

「必要な物を取りに行く必要はあるが、今日中には治せる」 


 ミズキはしばしの間、目を閉じて深く考え込む。

 10秒か、20秒か、はたまた1分か。


 ゆっくりと目を開いた時、そこには決意の光が宿っていた。


「分かった。その提案、呑もう」

「決まりじゃな。それじゃあ早速、必要なものを取りに行こう。それまでは仲間じゃな。よろしく頼む」


 コヨリが手を差し出すと、ミズキもまたその手を握り返してきた。


「こちらこそ、よろしく。コヨリ殿。……ひっく」


 ちょっと酒臭かった。


「それで、必要なものというのは一体どこにあるんだ?」

「それはじゃな――」


 コヨリは窓から見える大きな建物を指差した。

 ここから見える範囲では王城に次いで大きなその建物は――


「アラド学院の地下迷宮じゃ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る