第10話 じゃあ、勝手に探す
「金原!」
「ダメ」
金原を追い掛けようとして。
けれど私を抱き締めた恋は力を緩めてくれない。
「行ったらまた涼音に虐められちゃう……」
「別に喧嘩とか虐めとか、そういうのじゃない。
ただ意見の相違があって口論していただけなんだ」
「ダメ」
ギュッと腕を締め付けて、恋は首を横に振る。
「ボク、2人が喧嘩するの、やだ……」
「……恋、さっき金原に嫌いって言った事、後悔してるんだろ?」
「……うん」
「今の金原は傷付いてる。誰かが側に居てやらなきゃいけない。
でも今恋が行っても余計にアイツの心を乱すだけだ。
だから私が行かなきゃいけない。分かってくれ」
「……」
恋は私を離して、でも腕だけは掴んだまま。
「2人が喧嘩してるのはボクのせいなんだよね?」
「お前のせいじゃない。私もアイツもお前が好きなだけだ。だから、な?」
強めに恋の頭を撫でて、出来るだけ優しく語り掛ける。
今まで金原が守ってきて、こういう争いに無縁だったのだとしたら今の状況はかなり心にクるだろう。
だからこそ、きちんと話合わなきゃいけない。
「悪いな、ちょっと行ってくる。もう放課後だから恋は家に帰っててくれ。経過は必ず報告するから」
「……わかった」
「良い子だ」
恋の頭をもう1回だけ撫でて、金原の後を追った。
◇◇◇◇◇
「……何処だっ!?」
校内なので走らず、だけど可能な限り早歩きで探し回る。だけど見付からない。
冷静に考えると、金原があのまま校内に留まってるって保証も無い。
アイツの家知らないぞ……
「……ん?」
なんの気なしに窓を覗いた。
そうしたら、校舎裏で1人蹲っている金原が見えた。
「……!?」
転んだのか体調が悪いのか、慌てて校舎裏に向かう。
「金原!」
「……あ」
金原は驚いた様に目を見開いて。
だけど私だと分かると苦しそうに顔を歪ませた。
「……なによ」
「いや、体調悪いのかと思って……」
「そんなんじゃないわ」
「じゃあ捜し物か?」
「うるさい! アタシに構わないで! さっさと帰りなさいよ!」
「地面に這いつくばってる奴を放っておけるか!」
「うるさい! 早く消えてよ!」
金原は大声で私を拒絶する。だけど、その目に薄ら涙が溜まっているのが見えて。
「落ち着いてくれ」
「うるさい……っ!」
「頼むよ……」
「…………っ」
我ながら思った以上に弱々しい声が出てしまった。
だがそれが効いたのか金原はギュッと唇を噛み締めたかと思うと、座りこんで砂塗れの手で自分の耳を掴んだ。
「……もしかして、ピアスを無くしたのか?」
ビクッと、金原の肩が跳ねる。
「……なんで」
「いや、お前がそんな執着するのは恋かピアスぐらいだと思って……」
「知らない」
「いや……」
「放っておいてって言ってるでしょ!?」
「……はぁ、分かった。じゃあ勝手に探す」
「なっ」
私も地面に膝を着いて目を皿のようにしてピアスを探す。
「アンタ何やって……!」
「勝手に探してるだけだから気にすんな」
「……ゔぅ」
金原が何か言う前に私は作業を開始する。
しかし、こんな所で小さなピアスを探すのは中々に骨が折れるな……
「……髑髏」
「なんだ?」
「落としたの、これ」
金原が左耳を指差す。
その先にある髑髏のピアスが右耳にも付いていた物なんだろう。
「分かった」
「ふぅ……」
金原も落ち着いたのかピアス捜しに戻った。
……思えば金原は口論の時は常にピアスを弄っていた。
更に動揺したり追い詰められたりした時は耳を握る動作をよくしていたが……今思うとアレは耳ではなくピアスを触っていたんだな。
金原にとってピアスは一種の精神安定剤のような物なのかもしれない。
だとしたら……恋に拒絶された直後に精神安定剤の一部を無くしたようなもんか。
そりゃ情緒もグチャグチャになるな……
「なぁ、此処で落としたのは確かなのか?」
「……えぇ。ここで蹲ってピアスを弄ってたら留め具が緩んで……」
「分かった」
「なんでアタシの為にここまでするのよ」
「さっきも言っただろ。こんな困ってる奴を見かけて放っておける訳ないだろ」
「……そう、お人好しなのね」
金原はまたピアスを触りながら地面を見る。
メンタルももうギリギリっぽいな……
◇◇◇◇◇
どれぐらい時間が経ったか。
既に周囲は暗く、スマホのライトが唯一の光源になっていた。
「うぅ……っ」
「落ち着け。まだ時間はある」
「分かってるわよ……っ」
こんな時間になったら、もう良いとか言いそうなもんだけど……よっぽどピアスが大切なんだろう。
「ママ……っ」
「……?」
金原から出たとは思えない言葉に思わずそっちに振り向いて。
だけど今聞く事じゃないなと、視線を前に戻した。
「……ん?」
その瞬間、ライトに反射する1つの輝きが目に写った。
「金原、あったぞ!」
「……っ!」
金原はバタバタと四つん這いで近付いてきた。
普段の冷めた態度とは正反対の必死さだ。
「これか?」
「あ、あぁ……っ!」
ピアスを手渡すと金原は愛おしそうにギュッとピアスを握り締める。
「良かった……本当に良かった……!」
「見つかって良かったな」
「ありがとう! ありがとう……っ!」
「お、おぉ……」
まさか抱き着かれてお礼を言われるとは思わなかった。
取り敢えず宥めるように背中をポンポンと叩く。
「ん……」
「落ち着いたか?」
「えぇ……天王寺」
「ん?」
「ウチでお風呂に入ってきなさい」
「……は?」
「手も膝も砂だらけじゃない。ピアスの事も含めてお礼がしたいの」
「いや、気にしなくても……」
「アンタに借りを作りたくないって言ってんの! 良いから行くわよ!」
「わわっ!?」
金原に手を引かれ、有無を言わさず私は金原家へ連行されるのであった。
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