第5話 コイツは美貌に対して余りにも無防備過ぎる
「愛花ー、こっちこっち!」
「大声出すなって……」
土曜日。
約束の不真面目指導日。
土屋が後輩に勉強を教えるのも今日だった筈だ。上手く出来てると良いんだが……
「どしたの?」
「いや、別に」
恋に顔を覗き込まれて思わず顔を逸らす。
コイツは本当に距離が近い。昨日だって太った男子のお腹をポヨポヨして遊んでいた。
アイツが彼女持ちじゃなかったら勘違いさせてたぞ。
「で、今日は何を教えてくれるんですか先生!?」
「先生じゃねー。この前言った通りファストフードの食べ歩きだ。腹空かせてきたか?」
「ご飯のおかわりはしなかったよ!」
「……まぁ、食えるなら良し」
良く食う、のか?
私よりは食べれそうだけどそもそも身体のサイズが違うから比較は出来ない。
ただ、スタイルは良いから食べた分はちゃんとに動いてるんだろう。
「早く、早くっ!」
「犬かオメーは」
恋に腕を引かれて歩き出す。
取り敢えず先決なのは、そっちの方向じゃないと伝える事だな。
「美味しいっ!」
ホットドッグに齧り付いた第一声だ。
口の端にケチャップを付けて、目を輝かせている。
「別にコレ食べるのは初めてじゃないんだろ?」
「美味しい物は何時食べても美味しいからね。
それに食べ歩きなんて初めてだし、愛花と一緒だからもっと美味しい!」
「そうかよ」
これが眩しい笑顔って奴か。
綺麗な顔で無邪気な笑顔しやがって。
「ん……」
「おい」
「?」
そんな事を思っていたら。
恋が頬に付いたケチャップを指で拭って舐め取った。
なんて事ない動作の筈なのに、顔が良い女がすると妙に扇状的だ。
思わず声を上げてしまい、恋はキョトン顔。なんて誤魔化そ……
「愛花も付いてる」
「……なっ」
頬に温かく、柔らかい感触。
恋に舐められたと気付いて、思わず飛び退くように後ずさった。
「おい」
「ケチャップ付いてたよ?」
「……他の奴にもこんな事してんのか?」
「んー……一緒にご飯食べるならあるかも?
五行輪舞のみんなはすっかり慣れちゃって、ボクが近付いたらすぐに頬っぺ拭いちゃうけど」
「嫌がる奴も居るから程々にな」
「え、愛花は嫌だった……?」
「嫌ってか……驚きはした」
「そっかぁ……」
シュンとする恋。
コイツは本当に自分の破壊力を分かってないんだろう。
これなら寧ろ計算してやってると言ってくれた方が気が楽だ。
コイツは美貌に対して余りにも無防備過ぎる。
「それじゃあ次は何やるの? あの時みたいにダンスに乱入?」
「アレはあの人達の趣味でやってるもんに運よく混ぜて貰っただけだ。
大会目指してガチ練習してたり、路上ミュージシャンの類には混ざっちゃ駄目」
「難しい〜!」
「ま、あの人達なら何時でも受け入れてくれるから。この前ので恋の事も気に入ったろうし」
「んへへ、仲良くなるのは得意だからね!」
「だろうな」
だから不安なんだよなぁ……それはともかく。
「次はゲームセンター」
「おー! 行った事ない!」
「カラオケは何度も行ってるのに?」
「涼音がこういうの苦手なんだって。ボクにも行っちゃ駄目って言うんだよ!まぁ、そもそも地元には無いんだけど」
「こういうデカい街じゃないとなー。にしても意外だな。金原自身はピアスバチバチに開けてる癖に」
「ねー。でもだからこその不真面目行為! ロックの精神!」
「それで学べると良いけどな……と。此処だ」
「うぉーガチャガチャする!? デパートのゲームコーナーとは全然違う……!」
「そりゃな。ほら、こっちだ」
恋の手を引いてクレーンゲームコーナーまで歩く。これなら恋も楽しめるだろ。
「あんま熱くなんなよ。金額の上限決めとけよ?」
「なんかお母さんみたい」
「お前を誘った手前な……で、どれやる?」
「んー、じゃあコレ! なんか愛花っぽい!」
「コレが……?」
恋が指差したのはデフォルメされた猫のぬいぐるみ。
可愛い。可愛いからこそ、私っぽいと言われても疑問符しか浮かばない。
「ほら、この目付きとか愛花にそっくり!」
「目付き悪いって言いたいのか」
「違うよ、優しそうなところ」
「これがかぁ……?」
どう見てもガン飛ばしてるようにしか見えない。
ただまぁ、恋の感性だとそう映るんだろうか。
「じゃ、頑張れよ。繰り返すけど金使い過ぎんなよ」
「はーい」
さて私は……このフィギュアにするか。如何にも難しそうだ。
コインを投入する。
アームを動かして、箱の真上で止めて、降りて、掴んで、するりと抜ける。
2回目も同じ。
3回目も、4回目も。
「愛花はこういうのが好きなの?」
「うん?」
「こういうメイド服の女の子」
「いや別に……」
件の猫のぬいぐるみを抱えた恋が私の台を覗き込む。
「じゃあ何でコレやってるの?」
「難しいから」
「難題ほど燃えるって奴?」
「そういう訳でもない」
「???」
「地元では真面目な優等生やってるから取れても困るんだよ。
これは……ただ散財したいだけ。無駄なもんに金を使ったって実感が欲しいんだ」
「ふぅん? ボクもそうした方が良いのかな?」
「恋はゲームセンター自体が不真面目行為だから良いんじゃないか?
……と、終わり。予算尽きたからそろそろ帰るぞ」
「夜の街散策は?」
「考えとく。不真面目だってそんな一度にやる事無いだろ?」
「はーい」
恋は言葉こそ不満気だが、実際にはぬいぐるみを抱きしめてほくほく顔だ。
……正直当初は夜散策も候補に入れていた。
けれど、真昼間の時点であちこちから声を掛けられる恋を見て、夜まで連れ回したらどうなる事かと不安になった。
だから、暫くは夜散策を要求されてものらりくらりと躱そうと思う。
◇◇◇◇◇
「ここでお別れだね」
「だな。はしゃいで転ぶなよ」
「りょーかい!」
家路への別れ道。
何時ものように恋の背中を見届けてから帰ろうと思っていた……が、当の恋が中々歩き出さない。
「どうした?」
「んー……ねぇ、愛花」
「なんだよ」
「ボクね、今日はとっても新鮮で刺激的で……今ならこれまでと違う歌詞が書けそうな気がするんだ」
「そりゃ良かった。頑張れよ」
「ありがと! 新曲出来たらライブに招待するからね!」
「えー……まぁ行けたら行く」
「うん、絶対来てね! じゃーねー!」
恋はブンブンと腕を大きく振りながら駆けていく。
「わわっ!?」
「馬鹿! 前見て歩けって!」
恋はペロっと舌を出して謝る仕草を見せて、今度こそ前を向いて歩き出した。
……委員長モードなのに大声出しちまった。
誰かに聞かれてないよな……?
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