第3話 火口 恋という存在


「なんだよ、それ」


「ボクってさ、めちゃくちゃ恵まれてるんだよね」


「そりゃ……そうだろうな」


「裕福な家庭に生まれて、優しい両親に育てられて、五行輪舞の仲間に恵まれて、友達も沢山出来た」



盛大な自慢で、実際火口はそれにとても感謝しているように見える。

だけど僅かに……その笑顔は寂しそうだ。



「だから、ロックの根幹である反体制とか反骨心が分からないんだ。

親にも学校にも社会にも、不満や怒りなんてものを抱いた事が無い。

このボクって一人称が精一杯の反抗だけど……特に怒られる訳でも無く受け入れられてる。

そんな訳だからメンバーは何も言わないけど……分かるんだよね。ボクの書いた歌詞が薄っぺらいって事」


「だから不真面目を教えてくれって? それでも私の不真面目なんて高が知れてるぞ。

さっきも言ったけど食べ歩きしたり、ゲームセンターで散財したり……そんなもん」


「良いじゃん。ボクそういうのもした事無いし」



育ちが良いからねー、なんてボヤきながら火口はコーラを一口。



「それに、お酒とか煙草とか……そーゆーのは何か違うんだよね。

委員長の不真面目がホントに丁度良い良いっていうかさ」


「褒めてるのか貶してるのか分かんねーな」


「褒めてるんだよ。で、どう?」


「……今後こういう時に委員長って呼ばなければ教えてやる」


「やった! じゃあ何て呼ぶ? 愛花?」


「いきなりフレンドリーじゃねーか。私の名前知ってたんだな」


「え、そりゃクラスメイトだし委員長だし……知ってるでしょ?」


「アンタぐらいだろ。みんな私の委員長って記号で判断してんだから。苗字ならワンチャンって感じ」


「じゃあやっぱり愛花で! ボクの事も恋って呼んで!」


「学校じゃなければな」


「それで何時やる? 明日?」


「明日は勉強するから無理。今日サボった分取り戻さねーと」


「えー、真面目ー」


「別に良い子で委員長な自分も嫌いな訳じゃねーからな。

成績優秀な優等生って立場も私なりに努力して得たもんだし」


「それじゃあ無理してお願い出来ないかぁ。うん、分かった!」


「平日でも短い時間ならこうやってブラブラする時あるから、その時に声掛けてやるよ」


「ありがと! じゃ、連絡先交換しよ!」


「ん。念押しするけど私が街でこんなんやってるってのは絶対秘密。

学校で間違っても愛花なんて呼ばない事。良いな?」


「りょーかいりょーかい! これから宜しくね、愛花!」



こうして、私は火口 恋に不真面目を教える事となった。

今更ながら面倒な約束をしたと思うが……まぁ口止め料だしな。



◇◇◇◇◇



あれから数日経って水曜日。

恋は言い付け通り学校ではキチンと委員長呼びだった。

心なしか馴れ馴れしくはあるけど、恋は誰にでもそうだしな。


だからだろうか。

別に土曜まで待たせても良いけれど、何となく悪い気がして。

こうして昨日の放課後に誘って、今日だ。



「う〜ん……」



ハチ公前で待ち合わせ。

余りにもベタ過ぎるだろ、と意見はしたが恋がどうしてもと押し切った。

アイツなりに気合いを入れているのか、私が着いた頃にはもうハチ公前に佇んでいた……が。



「話掛けたくねぇ……」



服装にも相当気合いを入れたんだろう。

私も変わらずオフショルのヘソ出しトップスにデニムのショートパンツではあるけど、恋は別の方面で凄い。


妙なキャラクターが描かれたTシャツを腰……というより胸下で結んでいる。

デニムのジーンズも恋の長い脚を殊更に強調していた。


露出は私の方が多いけど、じゃあどちらが魅力的かと聞かれたら100人が100人恋と答えるだろう。

割と本気で何かしら理由を付けて帰ろうか……そう思った瞬間。

アイツは目敏く私を見つけた。



「あ! 愛花! おっすおっす!」


「大声で叫ぶな……待たせたか?」


「いや、今来たとこ! んふ、デートみたいだね?」


「何言ってんだか。ほら行くぞ」


「はーい!」


「そこの方、すみません!」


「んぇ?」



合流も果たし、いざ不真面目ライフ……と意気込んだ矢先、恋が見知らぬ男に声を掛けられた。

スーツを身に纏って一見真面目そうだが、その目には期待と焦りがありありと映し出されている。



「ボク?」


「はい! 急にすみません。私こういう者でして……」



差し出されたのは一枚の名刺。

飛びっ切り有名って訳じゃないけど、私でも知ってるレベルの芸能事務所だ。



「……事務所?」


「貴女には人を魅きつけるカリスマ性を感じました。

どうか当社にてその才能を輝かせてみませんか?」


「ん……この子はどう? めっちゃ背中綺麗だよ」


「ほほぅ? 背中専用のモデルも需要がありますからね……」


「い、いえ私はそういうのは……」


「あはは、ボクもあんまり興味無いなー

どうせ売れるんならモデルとしてじゃなくてバンドマンとして売れたいし」



それに何より……と、恋は挑発的な笑みを浮かべながら私の肩を抱き寄せた。



「ボク達これからデートだから。ごめんね?」


「ほほぅ! それはそれは! お邪魔しては馬に蹴られてしまいますね……!!」



明らかにテンションが上がったスカウト。

ソイツは一言二言交わした後、非常に爽やかな笑顔で立ち去っていった。所謂百合男子という奴だろうか。



「にしてもデートってなぁ……言葉遣いには気を付けろよ。お前ファン多いんだろ?」


「えー? ファンって言っても友達みたいなもんだし別に平気だよ」


「……刃傷沙汰には巻き込むなよ」



能天気にのほほんと笑ってやがる。

でも私は知っている。男女問わず、コイツにガチ恋している生徒が居る事を。

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