第34話 孤独な王子様
「『
空は果て無く黒が澄み、大地もまた黒澄んでいる。
俺を見上げる無数の瞳は、罪に囚われし傀儡の視線。どいつもこいつも、罪悪感に塗れてる。
誰もかれも、見つめているのは罪ばかり。ちゃんと俺を見てくれない。己の罪を、俺に重ねて見ているだけだ。
純粋じゃあない。気に食わない。
だから、奪ってやるよ、その罪を。
「ここは終末、俺の世界。罪を償う場所じゃない」
俺の世界に俺の声が響く。傀儡どもの視線は俺に注がれている。
そうだ、ここは俺の世界だ。罪の世界では断じてない。お前ら全員、俺を見ろ。
見上げる視線に俺は訴えた。
「罪も、戒めも、終末の前には全て無意味────故に今、お前たちから"罪の意識"を奪った」
鬨の声は既に無く、狂気はとうに消えている。
これでようやく純粋になった。
さぁ、お前たちの本当の声を聞かせろ。
「選択しろ。解放された自由意志、お前たちは何を望む?」
もうお前を縛る鎖は何もない。お前たちを支配するものはもう何もない。
────それでもなお、お前たちは俺に向かって来てくれるか?
音のない静寂の響きが辺りに満ちる。それは一瞬だったかもしれないし、気が遠くなるほど長かったかもしれない。どっちにしろ、俺にとっては途方もなく長い時間だった。
そして静寂の終わりは唐突にやってくる。
「おわった……」
静寂を引き裂いた怯えの色は、俺が今まで何度も見てきた色と同じものだった。
「死にたくない、嫌だ!」
「こ、ころさないで……!」
咎を失った勇者は膝から崩れ落ちる。俺を見上げたまま、青ざめた顔をする。
「~~!!」
俺の魔法を免れた包帯の女は空で一人狼狽している。剣を止めて、青ざめた娘と共に地上に降り立った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫び声が響き渡る。最初の一人が逃げ出して、それを追いかけるように二人目と三人目が逃げ出した。四人目以降はその直後、殆ど同じタイミングだった。
「…………」
逃げ惑う者、座り込んで俯く者、錯乱して同士討ちをし始める者、自殺する者。その中には立ち尽くすマリーの姿もある。
まだ罪の意識を抱えている包帯の女を除けば、俺に立ち向かおうとする奴は一人もいなかった。
「それが本当のお前らっていう訳だ」
罪の意識が消えた途端に、俺の声に耳を傾ける奴は一人もいなくなった。
誰も俺を見ちゃいない。自分のことで精一杯だ。
「結局、これか」
知ってたさ、最初っから。俺の力が怖いんだろ?
魔界の連中と同じだ。どいつもこいつも、俺に怯えて目も合わせちゃくれなかった。俺の化物染みた魔力量に恐れをなして森の中に捨てた生みの親は、化物でも見るような眼差しを向けてきた。
唯一俺と目を合わせてくれた親父も
どうしてこんなことになったんだ?
俺はただ────…………
「もう、どうでもいい」
逃げ惑う騎士たちの醜態を見ているうちに、あれこれ考える自分がバカらしくなった。
「少しでもお前らに期待した俺がバカだったよ」
最早終末は止められない。もうなるようにしかならないんだ。
なら、俺はやるべきことをやるまでだ。
「"
黒い空にまた緋色の魔方陣が出現する。どうということのない雷の魔法だが、錯乱状態に陥ったコイツらを焼き焦がすには十分だ。
「茶番は終わりだ……ここで全員、消え果てろ」
雷撃を放とうとしたそのとき、どこからか小さな音が聞こえた。まるで何かがひび割れたような、ピシというような音だった。
その音が聞こえた瞬間、俺の世界が崩壊した。
「なに…………ッ!?」
気付いたときにはもう領域が崩壊していた。砕け散った黒の欠片は空気に溶けるように消滅して、空に取り残された俺は快晴の青に包まれた。
一体何が起こったのか?
その答えを示したのはバルゼノンを取り囲む大量の魔力反応だった。いつの間にこの数がこの距離まで接近してきたのかは分からない。領域の中にいたから、外の状況が分からなかった。
数にして十万、いや百万は下らないだろう。しかもその中には覚えのある魔力が幾つかある。
急いでその一つに目を向けてみれば、そこには俺のよく知る女の姿があった。
「もち女!!!」
もち女だ。そこにはもち女がいた。この大軍隊を引き連れて、もち女はバルゼノンまで俺を追いかけてきたんだ。
俺の領域が崩壊したのもきっとコイツの仕業だ。かつて俺がルミナスの領域を破壊した様に、あの魔力を消滅させる魔法で俺の領域を外側から破壊したんだ。それしか考えられない。
「私だけではありません……! ここに集結するのは、このミスティル大陸に存在するほぼ全ての軍事力が集結した奇跡の集団────世界連合軍ですよ!」
「…………!」
武者震いがした。
世界連合軍に対してではない。もち女から、らしくない力強さを感じ取ったからだ。その瞳はこの青い空のように澄み切っていた。
「これが最後通告です、"破天荒"のグラム!! 今すぐ降伏しなければ、我々は人類の総力を以て貴方を打破します!!!」
もち女の錫杖の先端が俺に向く。
それだけで、胸の高鳴りが止まらなくなった。
「本望!!」
もち女…………いや、シャルロット。
もう二度と、お前のことは嗤わない。
正真正銘、本気で行くぞ────。
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