第11話 小悪魔

 時は少し流れ、デュラン王国のとある庭園にて。


 白い花が咲き誇る美しい庭園の中にはデュラン、ダイン、ベオウルフの三国の王とその配下たちが集っていた。


 王たちは紅茶や茶菓子が整えられた白い丸テーブルを囲むように着席しており、すぐそばには各王の配下が互いを牽制するようにして立っている。


「こうしてまた三国で語り合える日をどれだけ夢に見たことでしょうか」


 話を切り出したのはシャルロットだった。いつもの臆病や吃音癖は鳴りを潜めており、すっかり外交モードに切り替えている。その背後に控えるのはいつでも動けるように待機しているセバスと少々不機嫌なグラムの二人である。


「本日は快晴。風も日差しも柔らかく穏やかで、心地良くて、素晴らしい一日となることでしょう」

「いけしゃあしゃあと…………!」


 微笑みを浮かべるシャルロットに苛立ちを隠しきれなかったのはガビルの傍に控えていたルミナスだ。

 

 ルミナスは魔族という身分を隠すためにガビルとの関係の一切を秘匿しているため、この場にはガビルの配下という名目で同席している。

 

 帝王の未来の皇后とはいえ、配下が無秩序に口を開けば王の看板が汚れてしまうことを彼女は理解している。故に感情の爆発は、あくまでガビルにしか聞こえない程度の小声にとどめていた。


「俺にとっては前代未聞な一日だな。招待されたから足を運んでみれば、まさか明日にでも戦争をしようと言う国同士が同じテーブルを囲んで着席している光景を見るなんて、夢にも思わなかった」


 シャルロットの言葉に爽やかな笑みを称えた大柄の青年はベオウルフの大公、シグルド・ヴォル・バルムンクである。グラムがダイン帝国で動いている間、シャルロットからの招待を受けとって二つ返事で駆け付けた。


 シグルドの背後には竜を模した重鎧とヘルムで全身を隠した大男が控えている。背には大剣が差してあり、まさに常在戦場といった佇まい。いつ何が起こってもいいように警戒しているようだ。


「今日は三国の未来に関わる大事な話があると聞いて来たが……明るい未来を期待するぞ?」

「……えぇ、勿論です」


 少し間を開けてからシャルロットは返答する。

 

「ところで────」


 その刹那、シグルドが剣の様に鋭い眼光をグラムに向けた。


「そこにいるのは魔族だな」


 水を打ったような静寂が途端に訪れ、瞬く間に庭園を包み込む


「しかもその黒目黒髪……あの"破天荒"と同じだ」

「……」

「まさかとは思うが、貴殿が召喚したのか?」


 シグルドの視線がシャルロットに突き刺さる。空気は鉛の様に重くなり、小鳥のさえずりは止まって、空に現れた小さな雲が太陽を隠す。


 漂う剣吞な空気にルミナスは思わず息を呑んだ。


「その通りです。私は……私自らの手で彼を召喚し、そして契約を交わしました」


 シャルロットが認めたその瞬間、シグルドの傍で控えていた重鎧の大男が背に差していた大剣の柄を掴んだ。


「────闘争るか!」


 闘争の予感を覚えたグラムは獰猛な笑みを浮かべ、セバスも同様に懐中時計の蓋を閉じて構えようとする。


「ヨーム。まだ待て」

 

 シグルドが右手をあげて制止すると、重鎧の大男────ヨームはピタリと止まり、半分以上抜いていた大剣の刀身をゆっくりと差し直した。


「……なんだ、闘争らないのか?」

「…………」


 ヨームは一切答えない。無視されたグラムが苛立ち気に舌打ちすると、ルミナスは「ひっ」と小さな悲鳴をあげて怯えた。


「とはいえ、魔族と契約を交わす行為は禁忌を破ることに他ならない」


 流れるように主導権を握ったシグルドの瞳がシャルロットを貫いている。


「そもそも"破天荒"は聖教会が誕生するキッカケとなった原初の魔族だ。それが再び人間界に顕現したことを知れば聖教会がどう動くか。分からないわけではないだろう?」

「全て承知の上です」

「ならば何故呼び出した? 返答次第では明日の戦争に我々ベオウルフも加わることになる」


 その詰問は最早脅迫にも等しいものだった。シャルロットは冷静な態度を崩さなかったが、僅かに冷や汗を流した。


「これは私の持論ですが」


 言葉を区切ったシャルロットは一旦息を深く吸い、速まろうとする鼓動を落ち着かせた。それは小さな余裕をシャルロットの心にもたらした。


「暴力に抗うために必要な力を、私は暴力だとは思いません」

「というと?」

「例えば戦争を仕掛けられたとき、シグルド大公はどうされますか?」

「そんなもの、応戦するに決まっている」

「では、応戦するために必要な力は、暴力と呼ぶのでしょうか?」

「…………」


 シグルドは少し考えたが、答える言葉が見つからず、そのまま沈黙してしまう。


「つまりはそういうことなのです。私が"破天荒"と契約を交わした理由は暴力に抗うため。それ以外の目的で"破天荒"を頼ることは絶対にしません」

「出鱈目を吐くな!! お前が我々の許に"破天荒"をけしかけたんじゃないか!!」


 そこで声を荒げたのは飛び火を恐れて静観していたガビルだった。


「とんでもない。彼には招待状をガビル陛下へお届けするよう命じただけですよ」

「それが何だ!! 奴が我々にしてきたことは紛れもなく暴力だったぞ!!?」

「……えっ?」

 

 ガビルの言葉にシャルロットは驚き、セバスは猜疑の眼差しをグラムに向けた。


「ぐ、グラム様……一体何を…………?」

「正当防衛」

 

 シャルロットが恐る恐る尋ねると、グラムは悪びれる様子もなく平然とした顔で答えた。


「馬鹿なことを言うな!! 我々は何もしていないぞ!!」

「まるで自分は被害者だとでも言うような物言いだが、事の発端はお前らが戦争を仕掛けてきたからだろう? 先に手を出してきたお前らがどうこう言う資格はないと思うが」


 論点をすり替えたグラムは、シグルドの顔をチラリと見た。ダインとベオウルフの仲が悪いことをシャルロットから聞いていたためだ。


「……まぁ、確かに。デュランは戦争を仕掛けられたから相応の対応をしただけだ。ダインがとやかく言えることではない」

「なっ?!」


 グラムの思惑通り、ベオウルフはデュランの肩を持った。普段の振る舞いや言動からは想像も付かないが、これでもグラムは王族。最低限駆け引きの心得はあった。

 

 思わぬ機転にシャルロットは胸をなでおろした。その後、シャルロットは表情をすぐに切り替えて、話題を戻すためにわざとらしく咳払いをした。

 

「"破天荒"は契約により、私の命令には無条件で従うことになっています。そして私は一切の暴力を命令で禁止しています。当然ですが、この禁止命令は何があっても絶対に解きません」


 そのとき、シグルドはテーブルを指で二回叩き、トントンと音を鳴らした。


「その上で言わせてもらいますが、失われた民の笑顔を取り戻すために魔族の力を借りることを、私は悪だと思いません」


 シグルドはしばらくシャルロットを見つめた後、何かを確かめるようにしてヨームに顔を向けた。


(どうだ?)

(嘘は言っていません)


 ヨームが首を横に振りながら返答すると、シグルドは納得したように頷き、またシャルロットの方を向いた。


「しかしながら聖教会はこれを悪とみなします。私が魔族と契約を交わしたことを知れば、バルゼノン教国から浄罪執行者エグゼキューターが断罪しにやってくるでしょう。────要するに、私は大犯罪者になったというわけです」

「…………」


 セバスは苦虫を噛み潰したような顔をして目を逸らした。


「そこで皆様に一つ提案があるのですが」


 シャルロットは言葉を一旦区切り、王たちを一瞥すると妖しく微笑んだ。


「今から私の共犯者になってくれませんか?」


 雲が晴れ、日差しがまた蘇る。陽の光に照らされた小悪魔の微笑みが若き王たちを釘付けにした。

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