第9話 初めての報酬

 俺はもう生徒が居なくなった通学路を進み、教室に入る。すると、入口近くでたむろしていたグループの茶髪の女生徒とぶつかりそうになった。 


「おっと、ごめん」

「っ!う、ううん……こっちもごめん」


 丁寧なやり取りをして席に向かう。


 あの子はさっきの……忘れてるようで良かった。


 少し前に助けた女生徒は、偶然にも同じクラスであった。席に向かう間、後ろの女生徒達の会話が耳に入る。


「なんでマナ無しなんかに謝ってるのよ」

「そうよそうよ」

「うん……で、でも……なんか、今日のジークくん見てるとなんか……」


 俺は肩越しに女生徒を見る。すると目が合い、彼女の頬がほんのり赤く染まる。直ぐに目は逸らされたが。


「レイアあんたまさか……」

「い、いや……!全然そんなんじゃないよ!?ただ、雰囲気違って見えたと言うか……」

「えぇ〜?いつもの冴えないマナ無しジークじゃん?」 


 うーん?覚えてないんじゃ……?


 会話の内容を聴いて俺は疑問に思う。

 

「お、マナ無しジークじゃん」

「ぼっち登校も相変わらずだな」


 すると今度は男子生徒達が下卑た顔で出迎える。これはいつも通り。だがいつも通りでない事もある。それは、嘲るような言葉を発したのがカーマと取り巻き2人ではない事だ。


 いつもならばいの一番にバカにするにも関わらず。


 怪訝に思ったジークは席に着きながら彼らの席を眺める。ちゃんと登校はしているようで、カーマの席にたむろしている。すると、カーマと目が合った途端、彼の様子がおかしくなる。

 

「あ、あれ?……カーマ震えてね?」

「え?んな訳……あれ?」

「お、俺もなんか……体が勝手に……?」


 3人は何故か体をガタガタと揺らしている。


「わかんねぇ。わかんねぇけど……ジーク見てると、震えが止まんねぇ……!」


 3人に昨日の記憶は無い。エレナによって消されたから。だが、それでも昨日の事を覚えているように震えている。

 

 そうこうしてると教室に担当教師が入ってくる。


「席に着けお前ら〜……ってどうしたお前ら震えて。風邪か?」

「あ……そ、そう!そうなんです!……多分」

「だったら医務室行け。もしくは帰れ。周りに移すなよ」


 3人は訳も分からず震えながら教室を出ていくのだった。 


 そんなこんなで時間は過ぎ、今の授業内容は数学だ。数式とにらめっこし、その答えを導く作業を繰り返す。そんな時、俺の懐がほんのり輝く。


 それに気がついた俺は席から立ち上がる。


「ジークどうした?急に立ち上がって……」

「腹痛いんでトイレ行ってきます!」

「お、おう……って速っ!」


 脱兎の如く走り教室を飛び出す。


「今日体調不良多いな……?」


 教師が首を傾げながら授業を再開する。

 

 校舎を出たところで指輪を装着。


「魔剣よ。来い」


 そう呟くと指輪が眩い光を放ち、俺の姿は黒衣と裏地が赤の黒マントに変化する。そしてその腰の剣を抜き放つ。


「『魔剣解放ソードシフトエクスカリバー』」


 そう唱えると、手の中の魔剣が巨大な大剣……エクスカリバーに変化する。


 跳躍した事で校門を飛び越え、そのまま北へと向かった。


 屋根伝いに移動していると、同じように屋根を渡って近寄る影。


「お、エレナ」

「早いわね。合格よ」


 正体はエレナだ。魔剣を扱っていた者の副作用として、元所有者も不死者アンデッドの出現が少し分かるようになるのだ。


 そして現場へと到着する。そこには5mはある巨躯のトカゲのアンデッドが居た。


「ドラゴン!?」

「そんな訳無いでしょ!ただのトカゲのアンデッドよ!」

「だよな。ならさっさと終わらせる!」


 アンデッドへ向かって飛び出す。それに気がついたトカゲは同じように跳躍した。俺とトカゲの相対距離が一気に縮まる。


「はあっ!」


 俺は速度に合わせて刃を振りかぶった。トカゲが振るってきた鋭利な爪のある手を切り落とす。

 

「グギャアっ!」


 痛みに悲鳴を上げながらバランスを崩し、トカゲはそのまま地面に激突した。俺は着地と同時に反転し、その背後に迫る。


 アンデッドはその長い尻尾を振りかぶって迎撃しようとする。だがそれを読んでいた。タイミングを合わせた跳躍により尻尾の鞭は空を切った。


「トドメだ!」

 

 そのまま刃を振り下ろし、その首を切り落としたのだった。トカゲはもう動く事はなく、体を綻ばせて塵になるのであった。


「はいお疲れ様。帰っていいわよ」

「軽っ!労いが雑じゃねぇかな!?」


 エレナの雑な扱いに抗議の声を上げる。しかしエレナはそれを意に介さない。


「これぐらいあんたなら出来て当然よ」

「そうかい。そういやエレナ。実は……」


 助けた人間がジークの事を中途半端に覚えていそうな事を伝える。


「ああ、それは体の記憶ね。気のせいと考えるレベルだけど、体に残る反射的な行動までは消せないわ」

「なるほどね」


 アンデッドに襲われた恐怖、見下していた相手が自分を超えた力を手にし、あろう事か助けられるという恥辱。


 それらが震えとなって現れたのだエレナは言う。 


 エレナの説明に俺は納得する。

 

「それより授業はいいの?」

「あっ!そうだった!」


 俺は今の時間は授業中だった事を思い出し、慌てて学園の方へ走るのであった。


 1ヶ月後。俺の魔術師代理業も板に付いてきた頃。

 いつもの如く放課後はお店の手伝いをする。

 

「いらっしゃいませ〜ってなんだ、エレナか」

「なんだじゃないわよ。相変わらずね。ジーク」


 やってきたのはエレナ。鮮やかな金髪や碧眼は目を引くので直ぐに分かった。俺は彼女を空いてる席に案内する。


「ご注文は?」

「ソルトラムのベーコンたっぷりカルボナーラ。それとアップルティー」

「かしこまりました」


 注文を受けて店主に伝える。そして暫くホールを駆け回り、出来上がった物をエレナのテーブルへ運ぶ。

 

「フーン?真面目に働いてるのね。いい事よ」

「お褒めに預かり光栄です。ってかエレナが素直に褒めるって珍しいな?」

「わ、私だって普通に褒めるわよ!もう!」


 エレナは頬をプクッと膨らませて怒る。相変わらず小動物のようで可愛らしい。


「まあいいわ。あんた、そろそろあがりでしょ?仕事終わったらこっち来なさい。ご飯食べた後も話す事があるから」

「分かった。そうする」


 そうして仕事を終えた俺。パスタを半分まで食べ進めているエレナの対面の席に座る。今日のまかない飯はワインビーフステーキとガーリックバターライスだ。


「美味しそう……」


 香ばしい香りを受けて思わずそう呟くエレナ。その瞳は物欲しそうに揺れている。


「食うか?」

「い、いいの?」

「おう、1口だけな」


 エレナの内心を察して提案してあげた。ステーキを1口大に切り分ける。それをスプーンですくったガーリックバターライスに乗せて口に運ぶエレナ。


「いただきます……っ!これ、ホント美味しい……!」


 ワイン香る肉厚だが柔らかなステーキ、それにガーリックバターライスの濃厚な味わいが最高のハーモニーを奏でる。それを噛み締めてエレナの口角が自然と上がっていく。


「口にあったようでなにより」

「このお肉、すごく味わい深いわ。似たようなのは食べた事あるけど、ここまでのは初めて……どこで仕入れてるのかしら?」 

「東のツヴァイ町のワイン業者だよ。体内でワインを熟成するワイン牛。その乳が赤ワインなのは有名だけど、実はその肉はワインの成分に浸されたようになるんだ」

「そうなんだ……!だからソース無しでもこんなに味が深いのね!」

「ああ。ここいらじゃあんま手に入らないけど、ウチの店主とは古い友人だから、その伝で卸して貰ってるらしい」


 目を輝かせながら説明を受けるエレナ。余程気に入ったようだ。その視線はまた俺のステーキへと向けられている。


「……もう1切れ食うか?」

「あ、あんたがいいなら……貰ってあげるわ」

「はいはい。ほらよ」

「ん、ありがと……はむっ、んんぅ〜っ!美味しい……!」


 俺は呆れつつも、美味しそうに食べるエレナの姿に許してしまうのだった。


「あんたも食べていいわよ。カルボナーラ」

「そうか?じゃあいただくよ」


 今度は俺がパスタを貰い受ける。フォークで巻いたそれにベーコンを刺して口に運ぶ。


 チーズの濃厚な味わいとソルトラムベーコンの塩気がよくマッチしている。


「どう?美味しいでしょ?」

「ああ、美味しい。って、俺もまかないで食ってたから知ってんだけど……まあいいか」


 美味い食事の前では些細な事はどうでもいいものだ。そうして2人は食事を楽しむのであった。


 食事を済ませた2人は俺の自室となっている部屋を訪れる。人のいる場所では話せない事……魔術師代理業の話だ。


「はいこれ。あんたの給料ね」

「給料……ってああ、魔術師代理の」

「そうよ。1ヶ月経ったからね」


 渡されたのは何かが詰まった麻袋だ。手に取ったから厚みで分かったが、その中には金貨が沢山入っていた。


「金貨500枚!?」


 入っていた金額に驚く。居酒屋の手伝いでは到底手に入らない金額なので驚くのも無理はなかった。


「因みにあたしとの折半でこれね。魔術師の、それも1地区を1人で任されてる報酬よ?これぐらい普通だわ」


 そう言ってエレナは鼻高々に申す。


「何か不満でも?」

「いや、ねぇよ。そもそもエレナの魔剣を借りてるんだからな。だからありがとな。エレナ」

「ええ、感謝しなさい!それはもう盛大にね!」

「はいはい……感謝感謝」

「誠意が篭ってなーい!」


 一度は心から感謝したが、調子づくエレナに雑に返す。それに彼女は憤慨するのだった。


 こうして、俺の1ヶ月の働きはしっかりと認められたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る