第5話 一夜開けて

 本日は土曜日。学校も休みという事で遅めに目覚めた。


 顔を洗い鏡を見ると、ピョコンとはねた寝癖があった。それを整え、1階へ降りる。お昼前だが、店主のハイト・シフォンさんは慌ただしく仕込みをしている。


 土日は昼から定食屋として営業しているのだ。だが俺に関しては土日休みとなっている。


 店主曰く、「休みがねぇとぶっ倒れる。学生しながらだと尚更な。だから平日3日、それも20時までで十分ってもんよ」との事だ。


 俺はその気遣いに感謝しながら日々を過ごしているのだ。


「おはようございます。ハイトさん」

「おう、おはようジーク。カエデが適当に作って置いたのがあるから食いな」

「はい、いただきます」


 そうして朝食を片手に席を目指す。すると1人の少女が窓際の席に座っていた。


 なっ!?あ……あいつは、昨日の!


 驚きのあまり、口をあんぐりと開けて目を見開く。


「おはよう寝坊助」


 鮮やかな碧眼でこっちを眺め、腰までの金髪を手でなびかせてそう呟く少女……エレナ・ライア。


「な、なんであんたがここに……!?」

「普通に昨日泊まったでしょ。覚えてないの?」


 手招きされたので、俺は不思議に思いながら彼女の対面の席に着く。そして昨日の事をゆっくりと思い出す。


 突飛な出会いだったが、それ以上のハチャメチャに発展した夜の事を。


 ジョギング中にエレナと出会い、その後不死者アンデッドという魔物の上位種に襲われた。そして魔術の結晶にして最強の剣……魔剣を託され、それを撃破した事を……俺は思い出した。


「そうだったな。それで確か……怪しいローブの男が現れたんだったか」

「そうよ」


 アンデッド撃破後の事。

 魔剣を手にして佇んでいた俺。


「これが魔剣の力……」


 漲る初めての力に圧倒されている。だがこの力を託した存在を思い出し、直ぐに切り替えて背後のエレナへ駆け寄った。


「大丈夫か!?直ぐに医者を……」

「その必要は無いで」

「「っ!」」


 声の方に視線を向けると、ローブに身を包み、訛りのある言葉を話す紺色の髪の男が居た。


「地域密着型魔術師、ウルシ・キースやで。偶々通りがかっただけやねんけど、治癒ぐらいはすんで?もちろんお代はちょこっと頂くんやけどな。フヘヘ」


 彼の治癒魔術によってエレナは回復し、安静にさせる為に連れ帰ったのだった。


「いや〜忘れてたわ」

「普通忘れる!?ったく、寝すぎで記憶飛んだんじゃないの?」

「多分そうだ。いつもより深く寝た感じしたし」


 マイペースな俺にエレナは溜息をつく。そして店主婦人のカエデからモーニングサービスのパンとジャムを受け取るのだった。


「まあ、魔剣を発動したなら無理もないわね。あれを使うのは体力いるし……」


 魔剣の力は絶大だが、相応の負荷がかかるのである。


「てか、そう思うとあんたホントおかしいわね。なんでちょっと遅く起きたくらいなのよ」

「うーん?鍛えてるからか?」

「どのくらい?」

「ジョギング1時間で往復10km。あと店の手伝い無い週3日は筋トレ1時間も」


 密かに冒険者を夢見ていた。だから魔力が使えない分、できる事はなんでもしようとしていた。それが普段の体力作りだ。


 勉学の傍らなので時間はやや短い。


「なんか……微妙ね」

「そうか?学生やって店の手伝いしてたらそんなもんだろ」

「内容とかじゃなくて、それを続けてるだけで魔剣の負荷に耐えられるかが微妙ってことよ。私だって魔術師として鍛錬してたのに、第1解放後は3日寝込んだのよ?」


 本来、魔術や魔力の鍛錬はそれらを実践することでしか身につかないらしい。知識や心構えを幾ら身につけようと、実践出来なければなんの意味もないのだ。


 魔剣という魔術の結晶ならば尚更。


「だからあんたおかしいのよ色々。魔力を使った訓練をしない事には魔力の負荷にも慣れないしね」

「へぇ〜そうなのか」


 魔力を使った事が無いのでいまいちピンとこない。


 そんな事を話ながら2人で朝食を済ませる。すると、そこに2階からユウカが起きてきた。まだ寝ぼけた様子で、いつもはストレートのミディアムヘアの銀髪には可愛らしい寝癖が見受けられる。


「あっ、ユウカ。おはよう」


 それに気がついた俺は挨拶をする。するとユウカは姿勢を但し丁寧に挨拶を返す。

 

「ジークくん。おはようございます。その方は?」

「ああ、ユウカは帰った時寝てたから知らないか。こいつは……」

「エレナ・ライア。挨拶くらい自分でできるわ」


 紹介しようとした俺の言葉を遮るように、食い気味に名乗るエレナ。そのふてぶてしい態度が気に食わないのか、ユウカは少し眉間に皺を寄せてエレナを見る。


「エレナさん……ジークくんとどういうご関係で?」

「おいユウカ……なんでそんな警戒してんだ?」

「別に普通です」


 普段無口だが、いざ口を開くと物腰は柔らかいユウカ。しかし、何故か今はいつにもまして冷たい印象で俺は首を傾げる。


「別に、こいつとは昨日の夜会った仲よ。それで、色々あって泊まることになっただけよ」

「泊ま……!?それは本当ですか!ジークくん!」

「ん?そうだけど?」


 ユウカは冷たいと思いきや激情したように声のトーンを上げる。そのギャップに俺はやや驚きながら返した。

 

「連れ込んだんですか……」

「連れ込んだ!?」


 続くユウカの言葉に俺はまた困惑の声をあげる。


「いやいやそんなんじゃないって!部屋も別だし!」

「そうよ。怪我したから治癒したの。でも傷は治せても体力までは直ぐには戻らない。だから偶然出会ったこいつに宿を紹介されただけよ。変な勘違いしないでちょうだい」


 今度はエレナが不機嫌そうに言う。アンデッド関連の話は諸事情でぼかしている。


「そうですか。それなら良かったです」

「ええ、分かって貰えてなによりだわ」


 お互い言葉そのものは丁寧だが、その言い方はまさに一触即発。どうしてこうなったのか……。俺はまるで分からなかった。


「まあいいわ。あたし達、これから行くとこあるから。失礼するわ」

「え?そうなのか?」

「そうよ。早く来なさい」


 そんな話聞いていなかった。

 呆けている俺を尻目にエレナは立ち上がり、さっさと外に出ていってしまった。


「悪いユウカ。そういう事だからもう行くな?」

「は、はい。お気をつけて……その気になっちゃダメですよ?」

「その気ってなんだよ!?」

「そりゃもう色々です」


 ユウカに何故か釘を刺されながら見送られ、俺はエレナの後を追うのだった。


 町中を歩くエレナの隣を歩く。


「で、どこに行くんだ?」

「あたしの家よ。あんたには色々教えなきゃいけないからね」


 こうして俺は昨日会ったばかりのエレナの家へと招かれるのであった。

 

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