第5話 武蔵

ぐぅ。

腹の虫が鳴き干草の上で目を覚ます。

馬小屋の中は獣臭かった。

布団やベッドなどのちゃんとした寝具でしか寝たことのない僕がよく眠れたものだ。

馬小屋の利用料は銅貨五枚だった。

銀貨一枚渡すと九十五枚返ってきたので銅貨百枚で銀貨一枚のようだ。

おそらく銅貨一枚が百円ぐらいの価値なのだろう。馬小屋は一泊五百円といったところだ、安価なのは助かるね。


僕は背伸びをして起き上がる。

・・・?

そして妙な気配を背後に感じて振り返った。

「モォー」

そうか、お前が居たな。

一緒に馬小屋で寝たガチャ牛が僕に朝の挨拶をしてくれた。

「おはよう」

僕も挨拶を返す。

ずっと見張っていてくれたのか?

この子は玩具なので眠らないのだろうか?

それとも眠るのだろうか?

スキルを知るにはガチャ牛を理解するところから始めないといけないかもな。と僕は思った。


ぐぅ。


いやその前にご飯を食べよう。

僕は馬小屋から出て露店を探しに街へ繰り出した。


大通りを歩いて露店で正体不明の肉を挟んだパンを購入する。

値段は銅貨二枚だった。

少し甘いお茶のようなものも一緒に頼んで全部で銅貨三枚支払った。


パンは硬い、肉も硬い、味も淡白だ。

良く言えば素材の味を楽しめる料理だった。

肉を挟んだパンを甘いお茶で胃に流し、噛んでは胃に流しを繰り返して腹の虫にエサを与え続けた。


朝食は満足とは言えなったが、少なくともお腹は一杯になった。

これで今日も生きられる。

食事は本来、明日に命を繋ぐ為に摂るものなので味は二の次、三の次だ。

もしも贅沢が出来るような身分になったらその時に豪華な朝食を頂こう。


昨日は冒険者ギルドから出たあとに馬小屋を借り、それか門のところまで行き門兵に銅貨五枚を支払って礼を言ってから馬小屋に戻ってすぐに寝た。

疲れていたので馬小屋の匂いもそれほど気にならなかった。


さて今日は何をするか・・・。

あと四十日で銀貨三枚を冒険者ギルドに返さなければならない。


馬小屋の代金が銅貨五枚、切り詰めれば食事は朝夜で銅貨五枚。通行料は五日以内に街に戻って来れば徴収されないようなので一日銅貨二十枚稼げば借金も返せる計算になる。


その予定だと四十日間で休みもそれなりに取れるので、不可能ではない計画となる。

 

あとは冒険者ギルドに一日銅貨二十枚を稼げる依頼があれば完璧だ。


僕は一度馬小屋まで戻り、主人に頼んで馬小屋を十五日分借りてから冒険者ギルドへと向かった。




「本日はどのようなご用件でしょうか」


冒険者ギルドには掲示板があり、そこに依頼が貼られていた。

依頼書は等級別に貼られているので、それをカウンターに持っていけば依頼は受けられるようなのだが、討伐、採取など、簡易的な説明しか記載されておらず詳細はよくわからなかった。


「依頼を受けたいのですが、六級の冒険者でも受けられるようなものはありませんか?」


僕はカウンターに並んで受付のお姉さんに自分にふさわしい依頼がないか尋ねてみた。


「どのような依頼をお望みでしょうか」

「なるべく安全なものでお願いします」

「安全ですか・・・そうですね」

受付のお姉さんは考えて一枚の依頼書を提示してきた。

「これなんで如何でしょう」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


輸送対象。ジスカ石


場所。トット村


目的輸送量。5ペト


依頼報酬、銅貨三十枚


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「荷運びですか?」

「荷物を近くの村まで運んでいただく依頼となります」

「じゃあそれでお願いします」

「ではあちらで荷物をお受け取り下さい」

「わかりました」

「それと町の外に出るならその前に冒険者のススメをご一読ください」

「はい?そうします」


僕は受付嬢に言われるままに紹介された依頼を受けた。


荷物の受け取りをするカウンターにいる男性から村の大体の場所を聞き、トット村へと届けるジスカ石が八個の入ったリュックを預かった。


それを背負って移動し、受付嬢の人が言っていた冒険者のススメという本を探して手に取って読むことにした。




本と言っても冒険者のススメは装丁もされておらず重ねられた紙を糸で束ねただけのものだった。僕はパラパラと紙を捲っていき内容に目を通していく。


冒険者のススメの内容を簡単にまとめると、

討伐、採取、護衛、探索、など色々な依頼のことや、依頼書の見方。等級の制度、冒険者同士の大雑把なルールについて記されていた。


中でも有用そうだったのは、この街の周辺にいる魔獣の情報と地図だった。

受付にいた女性が僕に見せたかったのはこれだったのかもしれない。


勉強などの記憶力には自信はないが、こういう本の内容を覚えるのだけは得意だ。

僕は本に目を通しながら必死に内容を頭に刻んでいった。


魔獣の出現場所に、体長や体重、絵で描かれた姿、魔獣別の対応可能な冒険者等級など頭に入れておくべき情報がいくつもあった。


だけど全てを読んでいる時間はなかった。

陽が落ちるまでに荷物を届けて、この街まで戻って来なければならなかったからだ。


トット村の名前を地図を調べて細かい村の位置を知ることができた。ここなら急げば昼過ぎまでには帰ってくることも可能だろう。

そして村へ行く道中に遭遇するかもしれない魔獣の情報だけを頭に入れて本を閉じた。


また今度、時間がある時に必ず本を読もう。


僕はざっと冒険者のススメを読み、必要なものだけを手に入れて冒険者ギルドを後にした。


街道の側にいれば魔獣とはあまり遭遇しないと冒険者のススメには書いてあった。

勿論可能性はゼロではない。

だが少しでも危険度が下がるならば先人の智慧ちえを使わない手はないだろう。


僕の最初の依頼は冒険者のススメのおかげもあってかそれなりに順調に始まった。


・・・はずだった。


街から出発して一時間も経たない内に僕は一匹の魔獣と遭遇した。


街道は魔獣があまり出ないって本に書いてあったのに・・・。

僕は残りのあまりの方を引いてしまったらしい。


全く、ツイていない。


こんなことならせめて武器になるものくらいは買ってくるべきだった。

僕は無手で一応小学生の時にかじった空手を思い出して構えをとった。


魔獣と僕は睨み合う。

そんな中で頭にメモした冒険者のススメの情報を思い出していた。


目の前の魔獣の名前は歪塊ルダダン

出っ張りのあるボコボコした四角形の硬い皮膚をいくつも組み合わせた外皮に覆われたおり、獲物を狩る時には体を回転させてその出っ張りをフックにして地面を転がり移動しながら襲ってくる。

色は黒色で棘を途中でカットしたウニのような姿をしていた。

体長は大きくない。

僕でもギリギリ持ち上げられそうに見える。

一対一で相手するならば冒険者等級の推奨ランクは六級だと書いてあった。

つまり僕と同格の魔獣である。


「来た」


このまま去って欲しいと考えたのがいけなかったのか、歪塊ルダダンは体を回転させて地面を滑るようにして襲ってきた。


「逃げないとっ」


街道かられて走って逃げる。

移動速度はあちらが上なのでいずれ捕まってしまうだろう。

それがわかっていても他に選択肢はなかった。足に力を入れて地を蹴る。

これまでのどの時よりも僕は速く駆けた。


僕は移動しながら魔獣の方を見る。

しかし歪塊ルダダンはこちらを追ってきてなかった。目標を僕から動かないガチャ牛に変更して、今まさに体当たりを敢行しようとしていた。


「避けてっ!」


僕はガチャ牛に叫ぶ。

声は届かなかった。

ガチャ牛は歪塊ルダダンのぶちかましを少しも避けることなく、前足を上げて足の裏で難なく受け止めた後、力強く踏んで動きを完全に止めた。


「・・・嘘」


僕は目の前の光景が信じられなかった。

・・・ガチャ牛さんこんなに強かったんだ。

ガチャ牛とか舐めた名前付けて本当にすみませんでした。

僕は心の中で謝罪する。


そうしている内にガチャ牛、改めて武蔵ムサシさんはそのまま歪塊ルダダンを踏み潰してその生命を終わらせた。


・・・ふぅ。これで決着がついた。


ピンチは去り命が助かった。

初戦を生き残ったことで僕は心の底から安堵あんどしていた。


しかし襲ってきたとはいえ生き物が目の前で死んでしまった。


「手ぐらいは合わせるよ」


死骸を見るのは陰鬱な気持ちになるだろう、と思いながら近づいたが、そこで僕は信じられないものを見ることになった。


「はい?」


僕の予想では武蔵の問答無用な攻撃によって潰された歪塊ルダダンは血や内臓を外に吐き出すことなるはずだったがそうはならなかった。

なぜならその魔獣の体はポリゴン化して貨幣へと姿を変換したからだ。


僕はこの時に異世界へ来て一番頭が混乱したかもしれない。それはまるでどこかで見たゲームの中で起きる出来事のように見えた。

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