第8話 甘噛み

「乳母って……なに?」

「そのままの意味だよ。僕が赤ん坊のころ、このドラゴンの乳で育ったんだ」

「?????」


 何言ってるんだろう?

 ドラゴンの乳で育った?

 ????


「あの……ルパート、ええとそもそも……ドラゴンって、卵産むんじゃないの?」

「そうだよ?」

「??????」


 理解が追いつかない、これどういうこと?


「あのね、これこそが我が村が国に2つしかないドラゴン牧場として長年やってこられた理由だよ」

「待って。最初から説明して? いや待って。その前にこのドラゴン、人を襲ったりしない?」


 そう、今私たちの目の前には体長5から10マルトはあろうかというドラゴンがじっと私を見つめている。

 その視線は私を捉えて離さない。

 

「あはは、大丈夫だよ。ギーアルさん、僕結婚したんだ。この人は僕の妻だよ。ミントさん、って言うんだ。いいでしょう?」


 ルパートがドラゴン――ギーアルに話しかけると、ギーアルはばさっと背中から生えた羽を一度羽ばたかせた。そしてまず一歩、さらに二歩三歩と前に進んで私の目の前にその顔を突きつけてきた。


「がふぅぅぅ」


 ギーアルの吐息が私の全身を包む。

 なんというか、真夏の熱風みたいな感じだった。

 肌がピリピリして、軽くやけどしたんじゃないかと思うくらいだった。


 そうか、ドラゴンは炎を吐くから、普段の息もこんなに熱いのか……。

 ってか。


「ドラゴンって人の言葉がわかるの?」

「人間がいうところの知能とは違うんだけど、かなりの理解力があるよ。ドラゴン同士では会話しているらしいし。それこそ竜騎士レベルにドラゴンを乗りこなせるようになるとかなりわかりあえるってアリオン様がおっしゃっていた」


 アリオンって結婚式の最中に『人妻でも気にしない』とか抜かしていたあのイケメン竜騎士か。


「ね、ギーアルさん、この人は僕の妻だから、意地悪したりしないでね」


 ルパートがそう言うと、ギーアルはもう一度その場ではばたくと、ぐわっと大きな口を開いて――。

 私に噛みついた。


「ぎゃぁぁぁ!? ぎゃふ……」


 私の叫び声もむなしく、私の肩から上はドラゴンの口の中に……。

 ああ……。

 私の人生はここで終わりかあ……。

 竜騎士の娘として生まれ、伯爵子息に追放されて農夫の嫁になったと思ったらドラゴンに食われて死ぬ……。

 せめて……。

 せめて新婚旅行くらいには行きたかった……。

 お父様、お母様、私もそちらに行きます……。

 天国に行ったとして私は何歳設定になるんだろう……。

 16歳、じゃいや。

 まだまだ私、こどもっぽいし。

 18……いや23歳くらいの成熟した大人の姿でお願いします、女神様……。

 あとあと天国ではもう少し身長を盛ってください……。

 あとあとあとベッドは小さくてもいいのでおふとんは羽毛でおねがいします……。

 あとあとあとあとお化粧道具はブランドものを揃えてください……。

 あとあとあとあとあと……ええと。


 ……。

 …………。

 ………………。


 あれ?

 死んでない?


 急に目の前が開けた。

 私に噛みついてきていたドラゴンが口を離したのだ。


 よだれでベトベト、ってこともなく、鋭いキバがやさしく私に触れただけだった。


「……なに、今の……」

「あはは、良かったね、ギーアルさんに認められたよ。ドラゴンはね、仲間と認めた人間をこうやって甘噛みする習性がぎゃふ」


 今度は我が夫の上半身にドラゴンが噛みついている。

 噛みついただけでなく、そのまま咥えて宙に浮かせると、ジタバタともがくルパートを弄ぶかのように首をブンブンと振る。

 甘噛みどころじゃないぞこれ。


「やめて! やめたげて! まだその子は若いんだから食べるなら私を食べて!」


 私がギーアルの首にすがると、ギーアルはそのままぽとりと我が夫を地面に落とす。


「いてて……。ギーアルさん、いまのは殺意を感じたよ……。悪かったよ、何も報告しないで結婚なんかして……。しょうがないだろ、お祖父様もなにか深い考えがあってこの結婚を急いだっていってたし……張本人の僕には何も教えてくれないんだけどさ……」


 それを聞いて理解したのかしていないのか、ギーアルは「ガフゥン」と熱風みたいな吐息を一つ吐く。

 そしてもう興味をなくしたのか飽きたのかよくわかんないけど、そのまま寝そべって目を閉じた。


「えー……なんなのいったい……」

「ドラゴンは自由気ままな種族だからね。こんなもんさ。自在に操れる竜騎士がすごいんだ……」


 うーん、私、ドラゴン牧場でうまくやっていけるのかなー。

 さすがに不安になってくる。

 

 っていうか。

 今さっきのルパートのセリフが気になった。


『張本人の僕には何も教えてくれない』


 そっか、そうだよね、と私は思った。

 私はほとんど無理やりみたいにこの子に嫁がされてある種の被害者みたいに思っていたけど、この子だってこの年齢で自分から私を奥さんに望んだわけがない。

 つまりルパートから見たって、したくもない結婚をさせられているってことだよね。

 伯爵子息、村長、もしかしたら他にも誰か。

 そんな権力者たちが勝手に私達の結婚を決めたのだ。


 それに気がつくと急になんか申し訳なさみたいなのも感じてきた。


「ええと、あのさ。ルパート、ルパートはがっかりしなかったの?」

「なにが?」

「私が、奥さんでさ。その年で急に年上の会ったこともない人と結婚しろとか言われてさ。嫌じゃなかったの?」


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