第42話 目隠し 夜々の家の邑珠姫Side

 はぁはぁと自分の息が荒い。

 でも、声は出せない。


 男は無表情で素早く私の自由を奪った。


 青桃菊棟の冥々の家の茉莉まあり姫の部屋であった部屋で、私は五色の兵に刃物を突き立てられて後ろ手に縛り上げられた。足も縛られて自由が効かなくなった。



 この部屋は茉莉まあり姫が追放されてからは誰も使用せず、ガランとしていて無人のままだった。



邑珠ゆじゅ姫さま?どちらにいらっしゃいますか?」


 隣の部屋で汐乃が私を探す声がしたが、私は声を出すことも許されず、若い男に一気に担ぎ上げられて運ばれた。秀麗な顔つきの若い男は多少手荒な真似をしたのだ。


 こっそり美梨の君にお会いできると期待した私がバカだったのだ。


 本当にバカな私……。

 逆らったら殺されるのだろう……。


 私は死をも覚悟した。


 それだったら……。

 鷹宮さまの妃の座は第二妃の座も第三の妃の座も私は要らないのだ。

 ならば……いっそのこと……。




 私は手荒く目隠しをされ、そのまま五色の兵の装束を着た男に担がれて静かに運ばれた。


 これは私の失策だ。

 寝起きで私は身支度もしておらず、突然現れた五色の装束を着た見目麗しい気品あふれる彼についていってしまったのだ。


 「身支度のご用意する場も整えております」と囁いた声に盲目的に従ってしまったのだ。選抜の儀1位の姫としては、完全な手落ちだ。鷹宮さまの妃になる資格など私にない。



 担ぎ上げられた私が持っていたものは、袂に隠した碧い石のついた櫛と、暗号のような文字が記された文だけだった。


 薄桃色の包み紙の香りと紋様が特徴的な薄餅は、侍女の暸寿りょうじゅが販売している店を探すために持っていってしまったのだから、私は持っていなかった。



 寝起きで空腹のまま、私は荷車に寝かされて上からわらのむしろを被せられた。


 極華禁城ごくかきんじょうのことを私はよく知らない。夜々の家の姫としては、入内こそが初めての宮中訪問だったのだから。


 しかし、迷路のような宮中の道はよく知らないまでも、このまま自分が城外に出されることは分かった。



 むしろの下で、私は1人焦った。


 何か助けを呼ぶ方法がないかしら!?


 ゴロゴロと荷車が静かに前宮を移動している間も叫ぼうとしたが、猿ぐつわをされていたし、荷車の外から低く脅す声がしたために、絶叫の声を必死で飲み込んだ。



邑珠ゆじゅ姫、叫んだら殺すぞ」



 私がおし黙っていると、今度は気品ある声が頭上から聞こえてきた。



「そうだ、いい子だ。その美しい顔と体に傷をつけたくなければ、大人しくするんだ」



 私の目から涙が溢れた。


 

 選抜の儀第一位の夜々の姫は、あろうことか鷹宮以外の君に惚れてしまい、錯乱した挙句に敵に利用されて辱めを受けて死に至る……。



 私はそんな言葉が脳裏に浮かび、溢れる涙を堪えることができなかった。



 今世最高美女と褒め称えられて、いい気になっていたのだ……私は。



 その時だ。

 ゴロゴロと荷車で運ばれていくうちに目隠しがずれて、私は目の前の荷車の剥き出しの板の上に、煌めく碧い宝石のついた櫛を見つけた。


 袂から転がり落ちたようだ。



 そうだ!

 このいかにも値打ちものでありそうな櫛を荷車の外に落とせば?



 私は今朝初めてその櫛を見た。

 荷車におよそ似つかわしくないその櫛を荷車の外に押しやることにした。もしも、誰かが通ったら、板の隙間から落とすのだ。


 異変に気づいてもらうためにだ。


 しっかりしなさい、私!

 落ち着いてよく見るのよっ!



 藁の間から荷車の横板の隙間に目を凝らした。



 今、この荷車は一体どこを通っているのだろう?



 

 美梨の君は、蓬々の家にいらっしゃるだろう。

 美梨の君という呼び名は、羅国に留学していた鷹宮様の従兄弟君の愛称だ。つまり、選抜の儀第3位の璃音りおん姫の兄君だ。


 いとこ同士で婚姻というのも珍しくはないのだから、璃音姫の入内自体に驚く人はさほどいない。



 今、私は、心の底から、同じ青桃菊せいとうぎく棟の璃音りおん姫が異変に気づいてくれないかと願っていた。暸寿りょうじゅはしばらく部屋には戻らないだろう。汐乃せきのは私を探し回っているであろう。


 突然に寝起きのままに影も形も跡形もなく消えてしまった私を……。



 あっ!


 涙に霞む私の目に、藁の間の板の間から、ふくれっ面の侍女の顔を見た。顔立ちはすこぶる良いのに少々残念な肌(そばかすだらけだ)と鼻の横と顎と左眉の上にホクロがある若い娘だ。



 青桃菊棟の蓬々ほうぼうの家に仕える洗濯娘だわっ!


 確か……確か……梅香よっ!



 16歳の慈丹じたんより年上なのに、色々侍女としては使えないところのある感じの侍女だ。


 彼女の雪でびしょ濡れに汚く濡れた靴が私の目に飛び込んできて、視線を上げるとみっともなく膨れっ面で不服そうな表情をしてどこかを睨んでいる梅香の顔が見えて、私はハッとした。


 一瞬の間もなかった。

 私は頭で碧い石のついた櫛を板の隙間に押しやって、櫛を雪の中に落とした。


 櫛も梅香もすぐに見えなくなった。



 お願い!

 気づいてっ!

 

 

 でも、私は梅香が櫛に気づいたところで、荷車に私がいるとは彼女が気づかないことを悟った。


 思わず悔しい叫び声が漏れてしまった。



 そのまま声を殺して泣きながら、私は荷車が極華禁城ごくかきんじょうの外に出るために、検閲を受けているのを聞いていた。鷹宮の兵である五色の兵の通行許可証によって、荷車は疑われることなく外に出たようだ。


 私は絶望を感じた。

 途方に暮れた。


 さっきまで選抜の儀のために入内した今世最高美女だったのに、今やみっともなく囚われて市中のどこかに運ばれる羽目になった見窄らしい娘になった。



 敵は私が美梨の君をお慕い申し上げていることを知っていて、私を罠に嵌めた。


 本当に愚かな私……。



 私の気持ちとは裏腹に、私を藁の中に隠した荷車は市中の喧騒の中をごとごと進んだ。

 今日は天蝶節だ。祝日だ。

 大通りには屋台も多く出ていた。荷車の板の隙間から覗く限り、誰もこの荷車に視線を止めようとしない。



 先の皇帝、時鷹さまを殺めようとした芦杏は、うちの夜々の家の縁者だった。しかし、彼が花蓮姫を誘い込んで熊や猪に襲わせようとした三絃崇さんげんだかは、山を越えれば激奈龍げきなんりゅうという位置にあり、追放された冥々の家の領地が近いという位置にあった。冥々の家の茉莉姫は羅国と手を組んでいた。



 そうだ。

 現時点では、誰もが疑って然るべき国が表舞台に出てきていないのだ。


 それは、激奈龍げきなんりゅうだ……。


 もしかすると。

 これは……激奈龍げきなんりゅうが仕掛けたものなの?

 


 だとすればだ。

 必ずしや怪しい法術を使うだろう。



 私に法術を使うのではないだろうか?



 私は恐ろしい考えにゾッとした。

 従わなければ、おそらく私には死が待ち受けているだろう。



激奈龍げきなんりゅうは法術を使うから怖いのです」


 青桃菊棟に6月に入内した時、冥々の家の茉莉まあり姫がそう話していた。彼女の侍女の雨明うめいはちょっとした法術が使えた。なんでも、冥々の家では、領地が激奈龍げきなんりゅうに近いために、護身術として簡単な法術を嗜むそうだ。


 姫である茉莉姫のおそばに使える雨明は、法術を使えることを理由に幼い頃から茉莉姫付きとなったのだと聞いていた。



 私はこれから運ばれた先で何かの術をかけられて、また何事もなかったかのように、宮中に戻されるのだろうか?術を拒んだら、何をされるか分かったものではないだろう。


 私は恐ろしさのあまり、また底冷えのする寒さのあまり、震えが止まらなくなった。



 でも、私にも隠し札があるわ……。



 私は父上と母上の顔を思い出しながら、覚悟を決めようとしていた。

 


「薄餅屋が今日は多いわねぇ!」

「酒楼に行くと金がかかるけど、薄餅ならば綺麗で子供も楽しめるからね!」

「だな」


「花火を見ながら薄餅を食うか」



 そんな賑やかな声が飛び込んできて、私はハッとして目を開けた。


 どこかに薄餅屋を探している夜々の家の者たちが近くにいないか、必死で目を凝らした。一瞬、侍女の暸寿りょうじゅの声がしたように思ったが、姿は流石に見つけられなかった。


 こんなところにいるわけないわ……。


 荷車がどこかにガタガタと運び込まれるのを感じながら、私は泣き疲れて目をつぶった。


 次に気づいた時は、五色の帯の黒装束を着た若い男性に私は抱え上げられようとしていた。


 取れかけた目隠しは外されていたが、猿ぐつわはそのままだった。両腕も後ろ手に縛り上げられていて、両足も縛られたままだ。


 そのまま静かに運ばれて、階段を上がって行った。そして寝室のような所の寝台に寝かされた。



 私は、私が雪の中に落としたはずの碧い櫛を彼が袂から取り出して、寝台の前の机の上に置くのを見つめた。



 どうやら、落とした櫛は、彼に拾われてしまったようだ。

 


 梅香の元には渡っていない。


 万事休す……か。



 ならば……。

 どうせ鷹宮さまの妃になる気はなくなったのだ。


 お許しを……父上……母上。



 この瞬間、私は今世最高美女の裏の顔を使うことに決めたのだ。



 私の入内は、予想もつかない展開になったようだ。

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