第44話 塔

 夜――今日も夢を見る。ボロボロの家を出て自転車に乗り、学校へ向かう。背中には理瑚の盾を背負って……。

 生物の気配が無い以外は現実と変わらない、いつもの通学路を通り、学校に到着する。


「建ってるじゃねーか!」

校舎の屋上には、昨日と同じ黒い塔がそびえている。

 クソが、塔を発現させた能力者がいるって事だな。正体を暴いてやる!クイーンも四天王もいない、この校舎にいる奴は、いったい……。

 私は誰もいない校舎を駆け上がり、屋上に出る。

 屋上なんて初めて来たな。

 屋上の上には、取って付けたように黒い塔がそびえ立っている。その塔には、ご丁寧にしっかりと入り口の扉もついている。

 しかし、滅茶苦茶高いな。

 塔を見上げると、頂上は霞んで見えないぐらいだ。

「よし、行くぞ!」私は頬を叩いて気合を入れ直す。

 「ギィー」と鈍い音を立てて、いかつい扉を開け、中に入る。

「えっ、螺旋階段!?」

 薄暗い塔の中は、壁に沿って遥か上まで螺旋階段が連なっている。その階段の周囲には等間隔に蝋燭が設置されている。

 何なのこの塔、上に登る階段があるだけなの?しかし、これ、どれだけあるんだ?盾を背負って登るのはしんどいけど、しょうがないか……。

 私は一歩ずつ階段を上がる。カツン、カツンという自分の足音が塔の中に響く。壁に沿って狭い足場があるだけで、塔の中心は何も無い空間になっている。

 これ、足を踏み外したら終わりだな。一番下の床は、もう暗くて見えない。

 北薗は塔の最上階でクイーンに会ったとか言ってたからな、これを登ったって事か。東翔宮は飛べるから楽だよな……。


 もう1時間ぐらい歩いただろうか?やっと階段の終わりが見えてきた。

 本当にこんなところに人がいるのか?

 最後の階段を上がり、塔の最上階と思われるフロアに到達する。


 ハッ?誰かいる?!

 その、静まり返ったフロアには、複数の大きな窓と、その奥には禍々しい椅子が1つ。そこに座っている私と同じ制服を着た女は……。


「お前は確か――向坂 千尋さきさか ちひろ!?」

 教室で踊ったりしていた、陽キャグループの向坂 千尋だ。確か、早い段階で無気力人間になっていたはず!


 向坂が口を開く。

「私はクイーンよ」


 一瞬理解できなかったが、反応する。

「ハッ?何言ってん……向坂だよな?やられてなかった?現実ではやられたふりをしてたって訳?」 

 向坂は冷めた目で私を見る。

「そう、現実では、やられたふりをして、事が収まるのを待ってたんだけど……そうか、あなたには、私の能力は効かないか……」

 そう言うと、向坂は、諦めたように話し出す。

「私はクラスでは、流行の最先端のイケてるグループに所属してたけど、本当はそんなの興味無いんだ。ダンス動画とかくだらないと思ってるけど、仲間外れになりたくなくて、自分を偽って無理して周りに合わせてた。

 だから、クイーンに憧れてたんだ。あんなに自由に振る舞えたら、堂々と好きな事が言えたらって……。

 夢の中を認識した最初の日に、学校の近くで本物のクイーンに会ったんだ。私に出くわしたクイーンは『時よ止まれ!』なんて言って、そのまま動かなくなってしまった。それを体育館まで運んで隠したんだ。私がクイーンになる為に」


「クイーンになる為に?」

 私が聞き返すと、向坂は笑みを浮かべた。

「私は偽るのが得意。それで能力を閃いたの、『クイーンより劣ってると思ってる人は、私の言う事を信じる』って能力。思った通り、四天王は全員、私の言う事を信じたわ。奴等は私の姿がクイーンに見えていたはずよ」

 そうか、四天王の奴等は、向坂の言う事を信じて騙されてたって訳か。

「四天王を利用して、私がこの世界のクイーンになるはずだったのに、まさか、みんなやられてしまうなんて、もう、終わりね……」

 そう言うと、向坂はおもむろに席を立つ。私は剣を出現させ身構える。

 でも、今の話が本当なら、向坂に攻撃手段は無いはず……。


 向坂は、私には向かわず、一番近くの大きな窓に歩み寄る。

「あー、いい眺め!」

 そう言いながら窓に手を触れると、ガラスが粉々に崩れ、外から風が吹き込む。

「お、おい!」

 私の声に振り向きもせず、向坂は塔の外に身を投げた。

 急いで窓まで駆け寄り、下を覗き込んだが、もう何も見えない。

 ただ、強く吹く風の音が私の聴覚を支配する。


「終わった……のか?」

 私はフロアの中央まで戻ると呟く。すぐ近くには、もう誰も座ることの無い椅子が佇む。過剰な装飾が儚さを際立たせる。


 これで本当にクラス全員いなくなったはずだ。私がこの世界を制覇した?

 私は大声で叫ぶ。

「おい、終わったぞ!私の望みを叶えてみろ!私は……友達が欲しかっただけだ……」

 聞く者のいない声は、虚しく塔の中に響き渡るだけだった。


 私は放心状態のまま、さっき登ってきた、長い長い階段を降りる。何度か頭がふらついて落ちそうになったが、何とか耐える。

 ようやく塔を出て、校舎からも出ると、いつも学校から帰るときのように、体の動くままに乗ってきた自転車にまたがり帰路に着く。

 途中、一度だけ後ろを振り返り、高く黒い塔を見た。禍々しい威圧感を感じていたその塔は、今はただ哀しそうに見えた。

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