第32話 抑えきれない世界

 ニーヴァス湖から昨日から泊っている宿屋の自分の部屋へ戻ると、部屋に備え付けられている机に向かった。


 ミアのように魔法が得意でもなければ、フランのように剣が使えるわけでもない。

 何の力もない私が唯一出来ること。


 それは、〈歌〉を歌うことだ。


 だが、そのためには、今までのように前世で作った歌を歌うのではダメ。

 スイベルの町のみんなの記憶にあるはずの、ファルブムへの信仰心を思い出してもらわなきゃいけない。

 だから今回は、この世界に来てから初めて作る〈歌〉が必要。


 人の記憶に直接アクセスするような、そんな歌を。

 知っているはずなのに、大事なことのはずなのに思い出せないことを、簡単に思い出させてくれる。〈歌〉には、そんな力があるはずだと、私は信じている。


 私はファルブムに聞いた記憶の話を思い出しつつ、机に置いた紙とペンを使って歌詞を書いていく。


 ――これは私だけの想いだけじゃない。みんなの想いを綴るんだ!


 まずは思い浮かんだままの言葉を噛みに殴り書きしていくとこから始める。

 スイベル、ニーヴァス湖、ファルブム、バターサンド、黒い煙……。

 そのあたりであることを思い出す。


「ヴェルドの銅像…………」


 そもそもなぜあんなものがこの町に置いてあるんだ?

 もしかして、あれのせいで町のみんながファルブムのことを忘れているのでは?


 そう思うと、勢いよく立ち上がる。

 すると、机の上で丸まって寝ていたラヴィがびっくりして飛び跳ねた。


「キュィッ!?」

「ああ、ごめんね、ラヴィ」


 ラヴィを撫でると、ラヴィは机から飛んで私の肩に着地する。


「わたし、今から行くとこあるんだけど、ラヴィも来る?」

「キュウ~ン!」

「よしっ、じゃあ行こー!」


 私とラヴィは宿屋からスイベルの町へと飛び出していく。




      ***




 私とラヴィはスイベルの町に来て初めて立ち寄った噴水広場にやってきている。


 目の前んいごった水を吹き出し続けている噴水の中央にふんぞり返っているヴェルドの銅像と対峙していた。

 私の手には、ここまで来る途中で見つけた魔道具店に立ち寄り買った魔法の杖が握られている。


 もしかしたらと思い、見つけた魔道具店に飛び込むと、案の定、緊急時にしか使われない魔法の杖を見つけた。

 その名も“緊急の杖エマージェンシー・ワンド”。

 この杖の効果は、まさにその名の通り、緊急時にだけ魔法が放つことができるというもの。


 私はこの杖を使って、あのヴェルドの銅像を壊そうと思います。


 私はもう一度、杖を握りなおし、魔力を込める感覚を取り戻そうとしていた。


 ――どうか、昨日の爺さんが来る前に事を済ませたいですッ!


「キュィン?」

「心配してるの、ラヴィ? ありがとう。でも、わたしならできるわ」


 ラヴィにそう言うと、私は杖をヴェルドの銅像に向けて構える。

 そして、杖に魔力を込めて、


「ファイヤーボールッ!」


 私の放った魔法の火の玉は一直線にヴェルドの銅像へ飛んで行く。


 ――よし、そのままッ!


 そう思った瞬間、突然飛び出してきた大盾により私の魔法が弾かれた。


 「えっ……!?」

 

 私が突然のことに動揺していると、大盾の影から見知った顔がこちらを覗いていた。


「ハッハッハッ。また会ったな嬢ちゃん」

「あなたは、コブ!?」

「違うわッ! 俺はホブだッ!」


 ――いや、双子でほとんど同じの顔なんだし、わかるワケなくない?


「俺はこっちだぜ、お嬢ちゃん」


 そう言いながら、建物の影からコブのほうが現れた。


 ――やっぱり同じ顔じゃねぇかッ!


 そんなことよりも、なぜこの二人がここにいて、ヴェルドの銅像を守ったの?


「嬢ちゃん、なぜ俺らがいるって顔をしてるな? それはな、この町の住人たちが大金払って俺らを雇ったのさ」

「なっ……!?」


 すると、コブが出てきた建物の影から、エリオットさんとフィーネさんが現れた。


「エリオットさん!?フィーネさんまで!? ど、どうして……」


 エリオットさんが一歩前に出て、申し訳なさそうに言う。


「ステラちゃんの言いたいことはわかる。だが、私たちスイベルの民は、こうするしかもう道はないんだよ……」


 エリオットさんの後ろから、フィーネさんも言う。


「あなたはいいわよね、この町とは関係がないんだから。でもね、私たちにとっては一大事……。私たちはこの町が好きなのッ! だからこの危機的な状況を何とか打破しなきゃならない! 町のみんなでお金出し合って雇ったこの人たちに、ニーヴァス湖の亡霊を倒してもらうのッ!」

「そ、そんなこと……はっ!?」


 気づけば、町の住人のほとんどが、噴水広場に集まっていた。

 あのお爺さんまで来ていて、私に杖を向けて叫んだ。


「用心棒さんや。あのいたずら娘も懲らしめてくれや!」


 ――あのクソジジィ……! 誰がいたずら娘だよッ!?


「ハッハッハッ! そう言うことだ。悪いが、今度は邪魔してくれるなよ?」


 私はあることが気になり、ホブを睨みつけ言う。


「あんた、その盾、どうしたの? 前に会ったときは持っていなかったわよね?」

「アン? そんなもん、こいつらからもらった前金で買ったに決まってんだろッ?」


 私は歯ぎしりが止まらなかった。


「…………よ……」

「あ? なんだよ? 全然聞こえねぇぞ?」


 ホブがわざとらしく耳をこちらに向けてくる。

 私はその鼓膜を破ってやりたいほど大声で叫んだ。


「あんたたち全員バッッッカじゃないっ!」

「「「――ッ!?」」」


 噴水広場にいる人たち全員が驚いた顔をしている。

 開いた私の口は止まらない。


「何が『こうするしかない』よッ! そんなの自分で何とかしようって気がないだけじゃないッ! それに『この町が好き』? ははっ、笑わせないでッ! この町がそんなに好きなら、こんな奴らに頼らず、自分たちの力で何とかして見せなさいよッ!」


 フィーネさんが私の言葉に突っかかってこようとするが、それをエリオットさんが止める。


「言わせておけばッ――」

「フィーネ、やめなさい」

「でもっ…………ッ!」


 そのほかにも、噴水広場に集まった町の住人たちから白い目を向けられている。


 そんな様子を見ていたホブが高笑いする。


「ギャッハッハッハッ! これは愉快だな! どう見ても、嬢ちゃんの立場が悪そうだぜ?」

「だから何? 当然のことを言っただけだけど?」

「用心棒さんや! 早くあの減らず口を閉じてやってくだせぇや!」


 またもや、杖で私を指し、お爺さんが叫んでいる。


「まあまあ、そんなに興奮してると、あっという間にあの世に行っちまうぜ、爺さん」

「何じゃと!?」

「どいてな、ジジイ」

「ほぎゃ!?」


 ホブはお爺さんを突き飛ばし、転んだお爺さんにほかの住人が支えようと近寄っていく。

 そんなことお構いなしに、ホブは腰からシミターを引き抜き、私のほうへ近づいてくる。


「依頼主からの頼みだ。だったら仕方ねぇよな?」

「ヘッヘッヘ。ホブ兄、俺もやるぅ」


 ホブの隣にコブが並ぶ。

 すると、町の住民の群れの間からフランの声が聞こえてきた。


「ちょーっと通してね~っと。おい、ステラ! お前の言う通り隣町に繋がる山道に行ってみたら、本当にめちゃくちゃ魔物がいたぞ!?」

「フランッ!」


 私は思わず、フランに抱きついた。


「ちょっ!? な、何、これ!? 俺へのご褒美タイム!?」

「違うわよ」


 パンッ!


「イッテ!? ひどっ! ステラから抱きついてきたくせに叩くことないだろッ!?」

「なんとなくイラッてしたから」

「あんまりだろ、それ……」


 すると、すっかり忘れていたホブが苛立ちを見せつつ言う。


「おい、フラン。邪魔だ、どけ」


 ホブに声をかけられ、ホブのほうを振り向くフラン。


「よう、ホブ。それにコブ。二日ぶりでなんか恥ずかしいな。あんな別れ方したのによ。アハハハッ!」


 わざとらしくおどけて見せるフランにホブはたまらず、シミターを振り下ろした。

 フランは素早く片手剣を引き抜き、ホブのシミターを受け止める。


「……ホブ。悪いが、この町の住人たちから頼まれた依頼をこなすの、もう少し待ってはくれねぇか?」

「何ィ?」

「この町の問題は、ここにいるステラが解決しようとしてんだ。そしたら、この町の住人たちも喜ぶ。そうしたら、前金、それと報酬分の金は俺が何とかしてやる。どうだ?」

「……………………」


 ホブはフランからの提案に少し考えると、フランに受け止められていたシミターを引き上げ、腰の鞘へ納めた。


「……いいだろう。三日だ、三日だけ待ってやる。それ以上は待てない。いいな?」


 ホブのその条件を聞いたフランも、片手剣を鞘へ納め言う。


「十分だ。ありがとな、ホブ」

「フン、せいぜい無駄なあがきでもしてろよ」


 そう言い残し、ホブはいまだ何が呼気たのか理解していない表情のコブを引き連れ、噴水広場から姿を消した。

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