つま先を煎じて飲む

ガラドンドン

つま先を煎じて飲む

はい。私が彼を監禁しました。間違いありません。

自宅に拉致をして、監禁をしてからつま先を切り落としました。


……、あぁすみません。ちょっとつま先が痛くて。靴が小さいんだと思います。


それで、私が彼を監禁した動機ですか?うーん。難しいですね。

別に監禁したくて監禁した訳じゃないんです。只、つま先を煎じて飲もうとしたら逃げられたので、捕まえてって感じで。

一応止血はしようとしたんですけど。ちょっと下手くそだったのか、みるみる顔色が悪くなってましたね。人の気絶する所、初めて見ました。

え?あぁ、はい。つま先です。つま先を煎じて、グイっと。結構血とか混じっちゃいましたけど、それもオツなものかなって。勿論ちゃんと爪も一緒に煎じましたよ。


なんでそんな事をしたか?簡単ですよ。彼に近づきたかった。彼のようになりたかったからです。

ほら、爪の垢を煎じて飲む、みたいなことわざがあるじゃないですか。あれ、前々から不思議に思ってたんですよ。なんで爪の垢だけなんだろう?って。

だってほら、爪の垢だけで相手の良い所を取り込めるなら、もっと沢山取り込んだ方が絶対効果出る筈じゃないですか。

だから、つま先にしたんです。それに彼は立ち姿が綺麗で、私は姿勢が悪かったので。同物同治って言葉もありますよね?良く知らないですけど、それと一緒ですよ。


味はまぁ、別に美味しくはありませんでしたね。けどそれ以上にこう、なんと言うんですかね。

恍惚感と言いますか。言葉にしがたい興奮みたいな。あぁ、これで彼と一緒になれるんだ、って言う。嬉しさがとんでもなかったですね。味なんか二の次で、その行為をしている事に心臓が飛び出て行きそうな位に跳ねていて。

お腹も胸も温かくなって、冬なのに、彼のつま先の煎じ汁を飲んでからはもうずっと身体が暖かいんです。本当ですよ?今だってぽかぽかしてます。


被害者、彼との関係性ですか?

最初はネットで知った方でした。良く、ネット小説を投稿していらして。そのネット小説に感想を送らせて頂いたのが最初です。

その人の小説が好きで好きで。それだけじゃなくて、普通に生きているだけでもとても面白い人なんです。毎日ネットで呟かれる事とか、日常が面白くて。もう虜って言うんでしょうか?

私自身も一応、ほんの少しだけ書いたりしたりもしてるんですが。彼には全然執筆速度も何もかも追いつかないんです。本当に凄いなぁって、尊敬していました。


実は何度か、彼には内緒で、彼が行きつけの飲食店に行った事があるんです。彼は毎日のように食べた食事の投稿をしているので、お店を見つけるのは簡単でした。


だから彼自身を見つける事も、簡単。彼は、自他共に認めるネットの呟き狂いだったので。画面をずっと見てる人を見つけて、画面を後ろから盗み見て。

あぁ、この人なんだって、最初は感動しました。ネット上では交流はありましたが、リアルでは会った事は無いので、気づかれる事は無かったです。

見た感じは、普通の青年って感じだったでしょうか。綺麗な姿勢に立ち姿で。ほぼ四六時中スマホを触ってはいましたが。あんなに無防備だと、襲ってくれって言ってるようなもんだと思いますよ。


その後は、その人が食事に出る時間を見計らって同じ飲食店に入ったりしていました。

勿論、アテが外れてしまう事もありましたけど。彼は味覚のセンスが良いようで、その時はその時で食事を純粋に楽しんだりとか。


でも、そんな事をしている間にも彼は、次々に面白い小説を書いて行くんですよね。凄い速度で。その事でもまた、自分は何をしてるんだろう?って腹が立ってきたりとかして。


ある日、その人がお昼に二食続けて、凄い短時間で飲食店をはしごした事があったんです。

その日も私は、彼と同じ店に入っていたんですが。まさか一時間掛らずに次の食事に入るだなんて思っていなくて。執筆だけじゃなくて、胃袋の消化まで早いの?って。おののきました。

なんとか二食目は私も食べ終えたんですが。また間を置かずに、三食目の飲食店に彼は入っていて。その時は内心で、この異常者が、と言う言葉が出ましたね。流石に。


基本的に私は、彼が頼んだメニューと同じものを頼むようにしているんですが。その日はもう無理でした。私は、三食目を当たり前のように食べる彼を尻目に、飲食店の前で立ち尽くしていました。

飲食店の壁が、彼と私の間にある越えられ無い壁のようでいて。冷たい空気に吹かれながら、冷える身体を抱いて。私は冷えているのに、彼は暖かい食事を食べて、幸せそうに、いつものように呟き狂いをしているんです。


それで私は理解しました。私は、彼の隣に立つ事は出来ないんだろうなって。私と彼の足並みが隣り合ったり、追いつく事は無いんだろうなって。

どれだけ近くで観察しようとしたり、見ていても、無理なんだって。はは、当然ですよね。


だから追いかけて、捕まえて。連れて帰りました。最初は、つま先の煎じ汁を飲ませてくださいって声を掛けたんですけど。逃げられちゃって。

でも彼、意外と走るのは遅くて。私でも簡単に捕まえる事が出来たので、助かりました。


その後は、もう刑事さんもご存知の通りです。

まぁ、多少は抵抗されましたが。ちょっとお話したら、彼も大人しくなってくれましたし。流石に本人に繋がったままつま先を煎じるのは可哀想だったので、先に切り落としました。

彼、その時は凄い口が悪くなってたなぁ。普段はとても丁寧な言葉遣いなのに。そう言う一面もあるんだって、自分が見る事が出来て嬉しかったですね。


それで、つま先を煎じて飲んで、血を止めて、彼が気絶して、私も眠かったので寝て……。

あぁ、まさかこんな早くに、近所の方に通報されて捕まるとは思わなかったですね。お陰で、他の部分を煎じる事が出来なかったですから。

でも、それで良かったのかもしれませんね。彼が死んじゃうと、もう彼の小説は読めなくなっちゃう訳なので。



あ、今日の話は終わりですか?また何度か話をする事にはなる。あぁ、はい。勿論構いませんよ。

え?あぁ、はい。不便ですけど、困ってはいませんね。

寧ろ嬉しい位です。彼の一部が、私のものになったって思えれば。


只歩く瞬間だけでも、彼と歩みを一つに出来ている気がしますし。こんな事なら、腕とか目玉とか、もっと早くに煎じて飲んでおけばよかったなぁ。一日寝たら生えて来るんだから、勿体ない事しましたよね。

彼、生きてるんですよね?もし出所したら、煎じさせて貰えないかお願いしてみようかな。え?駄目に決まってるですか?あはは、まぁそうですよね。


何か希望はあるか、ですか?

そうですね。弁護士の紹介とかは良く分からないんですけど、すみません。一つだけお願いしても良いですか?

こう、ちょっと大きめの靴を出来れば用意して頂きたくて。


えぇ、はい。なんせ、二人分のつま先ですから。普通のじゃ入りきらなくて。


刑事さん。私は罪は償います。ですが、不謹慎だとは思いますが。今からもう、償った後が楽しみなんです。彼にあやかれているのかも知りたいですし、なにより。


彼と揃いの、10本ずつのつま先と一緒に。これから同じ歩幅で、生きていく事が出来るんですから。

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