第7話 参考書ゲット

 ここは、はじまりの街エデンの中央広場……多分。


 館長さんに言葉の問題についての説明を受けた丸め込まれた後、再び異世界へとやって来たわたしは、広場でぼ〜と行き交う人々の様子を眺めている。


 格好かっこう良くいうと、人間ウォッチングっていうのかなぁ。


 広場にあった適当なベンチに腰掛けて、ようは何もしてないんだけどね。


 いや、実際にはわたしの耳はずっと周囲の声を拾い続けているし、周囲の様子もちゃんと観察している。


 これは異世界語習得のための高度な情報収集……になってるんだよねぇ?


 本当は意味が分からないなりに話しかけたりとかして、会話をこころみた方がいいのかもしれないけど……。


 ここに来るまでに見た限りだと、誰も言葉に不自由しているようではなかったし……。


 ここエデンは他国と接するこの国で唯一の交易都市で、外国人っぽく見える人も結構多い。


 それなのに、言葉に困っているような人は誰も見かけなかった。


 この国の言語は確か“大陸語”って本で読んだ気がするし、それなら恐らく、少なくともこの国とその周辺の国々の言葉は共通なんだと思う。


 なら、当然この世界で、相手のしゃべる言葉を理解できない人なんていないはず。


 つまり、すご〜く悪目立ちする!


 頭のおかしな奴くらいに思われるならいい。下手したら魔物扱いだ。


 “ノーム王国建国記”の中には、人の姿に擬態する魔物も出てきた。


 言葉をしゃべれない見た目人間の生き物と、動物の姿をした人語をしゃべる生き物。どちらを人間扱いするかっていうと、多分、それは後者だと思う。


 がうがう言うだけの人と黒猫館長さんなら、わたしだって黒猫館長さんの方に一票を投じる。


 館長さんは見た目かわいいしね。


 そんなわけで、日本に来る外国人旅行者みたいなノリで迂闊うかつに話しかけるのは危険だと思う。


 ここは慎重に、多少の時間がかかっても聞きに徹するのが吉。


 そんなわけで、さっきからずっと黙ってベンチに腰掛けているんだけど……。


(せめて、飲み物でもほしいなぁ)


 せっかくだし、どうせならあっちに見えるオープンカフェ? でお茶でも飲みながら、落ち着いた気分で街の様子を眺めていたい。


 そこまで贅沢ぜいたくは言わなくても、せめて屋台の飲み物でも手に持っていれば、こんなところに一人でずっと座っていても、多少はそれっぽく見えると思うんだよねぇ……。


 平日の昼間、リストラされたサラリーマンのおじさんが行くあてもなく公園のベンチでうらぶれている姿を想像して、なんか急に不安になってきた。


 失業中なのは、事実だし……。


「$#@*&$?」


 もう戻れない、戻ることはないとはいえ、まだこの世界に来て一日も経ってはいない。


 いくら日本での生活はもう関係ないって分かっていても、やっぱりそう簡単には切り替えられない……って!?


 今、話しかけられた?


 ちょっと、ぼ〜としてて気付かなかった。


 なんか、近くにきれいな女の人? 女の子? が立ってるし……。


 なんか、こっち見てるし……。


 もし、わたしに話しかけてきたなら……無視するのは不味まずい。


 でも、応対なんてできないし……。


 ここは……逃げちゃう?


 外人に話しかけられた人って、こんな気分?



《“基礎から学ぶ大陸語”が入荷しました》


《“はじまりの街エデンのさ迷い方”が入荷しました》



 予想外の事態にパニックになりかけたわたしの頭に、待ち望んだ書籍入荷のお知らせが響く。


 よし、撤退だ!


「%^、$^^&*@%!」


 待ちに待った書籍入荷のお知らせに背中を押されるように、咄嗟とっさにその場を駆け出したわたしは、後ろから聞こえてくる女性の声を無視して、近くにあった建物の陰に飛び込んだ。


ゲート!』


 後ろから追いかけてきている気配に慌てて図書館への扉を開くと、わたしは背後を振り返ることなく迷わず扉へと逃げ込んだ。



「あ、あぶなかったぁ〜」


 荒い呼吸でその場にへたりこむわたしに、館長さんはもの言いたげなご様子。


「まったく、前回といい今回といい、どうしてそう落ち着きがないのか……。

 当図書館をご利用いただけるのは喜ばしいことですが、図書館は別に逃げたりはいたしませんよ。

 そのように慌ててお越しになる必要はございません。そもそも……」


 いや、別に(図書館を)わたしが追っかけてたんじゃなくて、わたしの方が逃げてきたんだけどね。


 ともあれ、大きなトラブルにもならずに済んでなによりだったよ。


 あとは入荷したって本でしっかり勉強して、日常会話くらいがしゃべれるようになれば、最低限の生活はなんとかなる……?


 そうこうしているうちに館長さんのお小言も終わり、わたしは入荷した本があるというわたしにも閲覧が可能な書棚の方に足を向ける。


 そこには、先程頭の中にアナウンスがあった2冊の本が鎮座していた。


『基礎から学ぶ大陸語』


『はじまりの街エデンのさ迷い方』


 さっと中身を見たところ、『基礎から学ぶ大陸語』の方は大陸語の学習参考書って感じで、『はじまりの街エデンのさ迷い方』の方は旅行のガイドブックみたいな感じ。


 エデンのガイドブックにはすごく興味があるけど、とにかく今は大陸語をマスターすることが先決!


 しゃべれないと、何も始まらないからね。


 わたしは書棚から『基礎から学ぶ大陸語』を手に取ると、そのまま閲覧コーナーへ。


 大陸語をマスターすべく、黙々とそのページをめくっていった。

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