第10話『陽菜さんや颯真君の方が良い人ですよ!』

心臓の音が普段よりも大きく高鳴って、緊張を分かりやすく私に教えてくれていました。


役者というものを始めて十年近くになりますが、どれだけ人様に見られる仕事を長く続けていたとしても、慣れない事はあるものです。


「大丈夫? 佳織ちゃん」


「は、はぃ! ダイジョウブ。です!」


「駄目そうだな。これは。まぁいざとなったら僕が助けてやるから。遠慮なく言え」


「ありがとうございます。颯真君」


「私も一緒に居るからね。配信中はずっと手を繋いでてあげるね」


「ありがとうございます。陽菜さん」


「うーん。まだまだカチカチだなぁ。まだ駄目そうかなこれは」


私はソファーの中央に案内されながら、両サイドに座った陽菜さんと颯真君に手を握って貰いますが、未だ緊張は消えておりませんでした。


しかし、このままではいつまでも始められません。


私も覚悟を決めて、頂いた資料と機材を一つずつ確認し、どういう役割なのかを確認してゆきます。


そして、大体の物を確認し終えてから、一番気になったモニターを見ながら、ここにコメントが流れるのですね。なるほどと頷きました。


【これは何ですかねぇ】


【もう姉弟超えて夫婦やん】


【しかしお子さん。初めて見るな】


【今まで2シーズン+映画、何を見てきたんだ。コイツは】


【は? どういうこっちゃ】


【陽花の親友、結城燐火。ご存知ありませんか?】


【いや、燐火は山瀬佳織だろ?】


【そうだよ。だから今映ってるじゃん】


今、映ってるじゃん?


今、映ってるじゃん……。


映ってる!?


「あ、あわわ、あわ、もう放送されてます!?」


「え?」


「あー。コメントを見る限り。その様だね」


【気づいた】


【やっとか】


【いや、どうせスタッフが勝手にやっただけだろ。タイトルとかは表示されてたしな】


【放送事故ですけど?】


「あ、あっ、あの! 今日は、『あの陽だまりに咲く花2』の最終回の、放送記念座談会に、お集まりいただき、ありがとうございます!」


私は緊張のあまり、ペコペコとモニターに向かって頭を下げながら、番組始まりの挨拶をしました。


しかし、進行は確か、北島さんの役目だった筈! 私が進めてしまってはいけなかったでしょうか!?


でも、北島さんはいらっしゃいませんし、このまま放置という訳にも!


【北島ぁ!】


【ニヤニヤしてないで、さっさと進行しろ北島ァ!】


【新人イジメは止めろ北島ァ!】


「はいはい。しょうがないですねぇ。皆さんこんばんは。あの『陽だまりに咲く花2』の最終回放送記念座談会へようこそ! みんなのアイドル。北島早苗ちゃんだよ!」


【おせぇ】


【みんなのアイドルは新人イジメなんてしねぇんだわ】


「新人? あぁ、そっか。知らないのか。言っておくけどね。今ここにいる四人で一番芸歴長いの佳織ちゃんだからね? 大先輩よ。大先輩。ね? 佳織先輩」


「せ、先輩だなんて。北島さんの方が、役者だけでなくアイドル活動もしてますし。こういう場所でも、スラスラ進行できていて、むしろ私は芸歴も長いのに、役者以外何も出来なくて……申し訳ありません」


「いやいや。そもそも先輩は役者の方が本職ですから。私なんて何度フォロー頂いたか。数えきれませんよ」


【山瀬佳織ってそんな演技上手いか? 言っちゃなんだが、全然印象無いぞ】


【いや、山瀬佳織は結構ヤバいぞ。一番ヤバいなって感じるのが、世界に溶け込みすぎて、気づけない時が結構ある】


【気づかないのはただ地味なだけでは?】


【地味でもヘタクソは目立つ定期】


【ちなみに自己主張が薄いわけでも無いぞ。ただひたすらに立ち位置と全体のバランス感覚が上手い。そして視聴者の目を常に見所へ誘導する立ち回りをするんだよ。なんていうか仕事人の立ち位置だ。少なくとも十四歳の女の子がやる動きじゃない】


【ほえー。分かりにくいな。他より一歩引いてるわけでも無いんだろ?】


「ふむ。大先輩の腕を疑っている方が多いですね。佳織ちゃん先輩! これが俺様の実力だ! って奴を見せつけてやってください!」


「ふぇ!? い、いえ。私は全然下手なので、そんな腕なんて」


「……ねぇ。燐火ちゃん。私、それは違うなって思うよ。燐火ちゃんは本当にそんなアイドルをやりたかったの?」


あわあわと動揺していた私は不意に左側に引っ張られ、真剣な表情をしている陽花に問い詰められました。


私は、すぐに燐火の思考になって、陽花を睨みつけます。


大好きで、大好きなのに、私の気持ちを分かってくれない親友に。


「そうだよ。むしろ、さぁ。何でソレを今更聞いてくるのか。燐火……分からないなぁ」


「それは……」


「約束したよね? 私とアイドルやるって、私たちだけで約束したじゃん。ねぇ。忘れちゃった? ねぇ」


私は陽花の耳元で囁く様に口元を寄せ、その耳を甘噛みしました。


陽花は動揺した様に私から離れ、瞳を揺らします。


その後、やや大袈裟に手を動かして、陽花の頬を指でなぞりました。


「……っ」


「教えてよ。陽花」


「私は、もうアイドル……出来ないよ」


「ハイー。カット」


私は目の前に手が下りてきて、ハッと意識を取り戻しました。


そしてモニターを見ると、凄い勢いでコメントが流れていました。は、恥ずかしい。


【うぉぉおおおおお。やべぇぇえええええ】


【一瞬で目が離せなくなったんだが。最後の陽菜ちゃんの表情ヤバスギ】


【色々な想いが伝わってくる! 家族の事とか、親友の事とか、昔の約束の事とか! 何のセットも無いのに、天才!!】


「わ、わ、見て下さい。陽菜さんが褒められてますよ。嬉しいですねぇ」


私は陽菜さんの服を軽く引っ張りながら、モニターを見る様にアピールしました。


少々子供っぽい動きになってしまったかもしれませんが、多分、大丈夫です。


【えっっっっっっっっっっっ】


【かわE】


【始まってんな】


「さて。大先輩の演技力は全くと言っていい程伝わっていない気がしますが、自己紹介お願いできますか? 」


「あ、はい。えっと、結城燐火役の山瀬佳織です。14歳です。よろしくお願いいたします」


【清楚や】


【山瀬さんのファンです! 応援してます!】


【流石の演技力やで。見させてもらったわ】


「応援ありがとうございます。今後も精進してまいります!」


【視線の誘導が上手いね。山瀬耕作とは違う感じだけど、師匠とか居るの?】


「演技に関してはお父様にご指導いただいております。まだまだ未熟者ですが、お褒めいただけると嬉しいですね」


【山瀬さんってサブばっかりだけど、主役とかやらないの? あんまり目立ちたくない感じ?】


【山瀬さんと共演した役者って普段以上に実力上がってる感じだけど、意識してそういう立ち回りしてるの?】


【次はこんな役やりたいとかある?】


「え、えと、その、あの」


「はいはい。佳織ちゃんイジメないの。てかいつも以上に質問系が多いな」


【山瀬佳織という謎に包まれた人物が出てくりゃそうもなる】


【噂は多いけど、真実謎の人だったからな。まさかこんな大人しい子が出てくるとは思わなかったよ】


【分かるマン。流れてる噂は大抵権力でやりたい放題やってる奴って感じだったしな】


「佳織ちゃんは私や天王寺君と違って良い子なんだから! そこの所、よろしくね!」


「陽菜さん! 陽菜さんや颯真君の方が良い人ですよ!」


「ほら。こういう子なんだから。悪口言ってる人は、メッ。だよ!」


【えぇな】


【同年代みんな仲良くてえぇやん】


【……みんな?】


「夢咲。僕たちも、自己紹介をするぞ。藤田陰人役の天王寺颯真と」


「藤田陽花役の夢咲陽菜! って、先に言うなー! 天王寺颯真ー!」


「遅かった君が悪いんだろ」


「まだ佳織ちゃんの話してたでしょー?」


【どうしてこうなったのか】


【まさかこの二人がこんなにもぶつかり合う様なモノだったとは】


【むしろよく1シーズン目は誤魔化せたよな】


【まぁでも本気でギスギスしてる訳じゃないから】


「ふ、二人とも、喧嘩は、駄目ですよ。立花さんとも約束したではないですか」


私は二人の手を握り、笑いました。


それで、二人はグッと言葉を詰まらせていました。


これで良し。です。


それから私は大きく頷き、陽菜さんと、颯真君と、北島さんと一緒に座談会を無事成功させる事が出来たのでした。




【いやぁー良いモン見させて貰った】


【佳織ちゃん。もっとテレビ出ないのかな】


【無理だろ(父親を見ながら)】


【いや、でもあんなに可愛くて素直で良い子なら、過保護になるのも分かるけどな】


【一人で放置したら、すぐ誘拐とかされそう】


【でも役者でしょ。演技してるだけじゃないの?】


【天王寺颯真とかが山で遭難したって事件も原因は山瀬佳織だって話、聞いたことあるけどね】


【お蔵入りになっちゃったけど、某番組で狂言自殺しようとしたって噂もあるし】


【なんか出てきたぞ】


【山瀬佳織のアンチだろ。知らんけど】


【有名人にアンチは付き物だから】


【まぁ今までは表に出てきてなかったからアンチ君もやりたい放題だったけど、もう実物見ちゃったしなぁ】


【ここまでせっせと積み上げてきたのに、本人登場で一瞬で壊されたのは面白かったで】


【見てるだけで分かる善のオーラ。どこが我儘自己中お嬢様なんだ】


【お嬢様の要素は合ってただろ。あれは箱入りのお嬢様って奴だ】


【この流れなら晒せる!! 行け! 渾身の一枚!】


【なんぞ、この写真。子供と、佳織ちゃん!!】


【ウチの子が公園で一人泣いてた時、一緒に砂場で遊んでくれてた佳織ちゃんや。当時はなんかとんでもなく可愛い子が居る。うちの子も居て実質天使二人じゃんと思って撮ったが、まさかこんな所で役に立つとはな。演技じゃない証拠にでも使ってくれ(写真に関して、本人の許可は貰ってるぞ)】


【やっぱり天使なんじゃん】


【アンチ君の完全敗北じゃったか】


【アンチくーん? どうしたの? もっとネタくれよ】


【この状況で書き込めるなら逆に尊敬できるわ】


【まぁ、確かに】

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願いの物語シリーズ【山瀬佳織】 とーふ @to-hu_kanata

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