外伝ep 須流真 『強きものが守るもの』

 海が美しい町、江留佐えるさ市。町の中心に巨大な研究機関があることを除けば、その他と何も違いはない普通な街だ。


 道行く人々は、皆幸せそうな表情をして生きていた。みんなこの町が好きだった。


 だが俺はこの町が嫌いだった…


 『これはスルマがまだ日本にいた頃の話である』


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 はあ、朝か。心でそう呟くと俺はおもむろに起き、学校へ行く準備をした。リビングに行っても家族は誰一人としていない、当然だろう。母は入院中、父に関しては仕事尽くしで家に戻ってくる方が稀だ。


 だから俺は一人で昨日の夜に作ったカレーを冷蔵庫から出し、レンジで温め食べた。2日目のカレーはおいしいが、広い家に一人だけ残されるというのはやはり少し心細かった。


 かつてはこんな家庭ではなかったはずだ、父はだらしなく家のソファで寝転ぶような人だった、母はそんな父を叱ったかと思えば一緒にだらけてしまうような人だった。


 だが、ある日を境に父と母は変わってしまった。


 仕事から戻ってこなくなることが増え、家に戻ってくる時間もどんどん遅くなっていった。


 中学に入った頃だろうか、父と母が初めて1日帰ってこなかった。俺は不安を覚え、ただ暗い部屋で父と母の帰りを待った。その時は、なぜか電気をつける気力がなかった。それから1週間に一回、半年に一回になるまで2年もかからなかった。彼らは見るたびに痩せこけていき、当時の俺でも不信感を覚えるほどだった。


 ある日、母が職場で倒れたと連絡が入ってきたとき俺は急いで搬送された病院に向かった。


 どうやら過労だったようで、半年ぶりほどに見た母の姿は、自分の知っているあの母と同一人物かと疑うほどに老け込んでいた。そんな状況だというのに、その場でいくら待っても父は現れなかった。翌日にメッセージだけが届き、「母さんを頼む」とだけ言って何もしない父に俺は怒りを覚えた。


 でも悪い事だけじゃなかった、それから母はと過ごすことも増えて病院に通うのも楽しみの日課となっていた。


 そんなある日、医師から母が乳癌のフェーズ2であると診断された…おそらく過労が引き金となったのだろう。 母の乳癌はそれなりに危ないらしく、手術はなるべく早めに行われた。手術は成功したかと思われたが、医療ミスがあり母は寝たきりの生活になってしまった。俺は医師に怒りをぶつけ、殴った。


 医師は悔しそうな顔で「ごめん」としか言わず、その態度すら気に入らなかった。


 やがて俺はその病院からつまみ出された。


俺は母をあそこまで働かせた父が、自身の妻がこんな状況だというのに無関心な父が許せなくて、父の勤めるマルムコーポレーションに乗り込むことにした。


 マルムコーポレーションのエントランスにて、受付に源純正…父の名を聞いた。しかし彼らは部外者に何も伝えることはできるはずもなかった。


 そんなとき、


 エレベーターからすたすたとこちらもまたひどい顔をした男が、俺の顔を見るな否や血相を変えた。


 「何の用だ、俺は源純正を探している。邪魔をするな」


 しかし、その男は申し訳なさそうに目を合わせると頭を下げた。


 「すまない、君の母君を極限まで働かせたのは私の責任だ。だからどうか、自分の父親にそんな顔を見せないであげてくれ」


 奴の言うことが本当だったとしても、俺は父に対する怒りは変わることがない。


 俺は「ふん」と、不機嫌にその場を後にした。


 そうして俺は今日も広くて寂しいこの家でご飯を食べきり、家を出る支度を色々とこなし学校へ出立した。

 今はもう高校二年生、ほぼ大人となった俺はもう大人になれたのだろうか?そんなことを考えていると、背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。


 「よう!須流真。相変わらずしけたつらしてんじゃねえか」


 俺に話しかけたどこかのガキ大将な風貌の男は翔一という名前で、かつて俺とストリートダンスで争っていた過去のある男だ。


 「なんだ、そんな顔をしているのか?自分では意外とわからんもんだな」


 俺は自身の気持ちに、何も整理などできていなかった。だがこの友人とも呼ぶべき男がいると、少しだけ安定した自分でいられた。


 中学の頃、自分勝手に他人を巻き込んで迷惑をかけて経験から、高校では友人を作ろうとはしなかった。それでも、俺と友達になろうと積極的に迫ってきたやつが二人いた。


 その一人はこいつで、今ではこの学校で唯一の男友達だ。そして…


 「おはよ!須流真君。それから翔一君も」


 そのもう一人がこいつ、赤城あかしろ救代すくよだ。こんな俺をこいつらはなぜか友であろうとした、全くおかしな奴らだ。


 授業は退屈で仕方がなかった。教科書に書いてあること以外、喋ることができない能無しの教員ばかりで退屈というのも忍びないほどだった。

 

 昼休みになるといつもあいつらが来る。


 「昼ごはん食べようぜ、須流真!」


 「私、昼ごはんはパンだけだあ。購買の競争凄すぎだよ~」


 「なんでお前たちは俺のとこに律義に毎回くるんだ、全員別クラスだろ?」


 すると二人は迷いなく即座に


 「友達だからだろ?」


 「友達だからだけど?」

 

 二人の顔は「え?それが当然ですけど」と言わんばかりの表情をしていた。


 仕方なく昼食を教室でとっていると、いつもの視線が俺達に向けられた。正確には俺や翔一ではなく、救代を、だが。


 救代はこの町の、あのマルムコーポレーションの長女であり、他生徒は基本彼女を怖がり関わろうとはしなかった。他生徒は俺達と救代が関わっているのを見ると、敵を見張るような、または恨ましむような、また冷めたような眼差しで俺達を見た。

 

 救代自身もそれを受け入れているのか、彼女は自ら友達を作ろうとはしなかった。ただし俺達を除いて…


 救代は視線にすぐ気づき、気まずそうとした。


 「気にしなければいいだろう、そんなもの。気にするだけ無駄だ」


 俺ながら少し冷めすぎだっただろうか?だがこれ以上の言葉は俺の口から出ることもなかったので、さっさと黙った。


 その日の帰り道、二人にどうして俺と仲良くしてくれるのかを聞いた。するとは目を丸くして笑うと


 「俺は、昔お前にダンス負けたとき友達になりたいって思っただけさ」


 「私は、須流真君が家族思いなことを知ったからかな?病院でたまにお母さんと幸せそうな顔しているのを見て、仲良くなりたいと思ったの」


 そうか、あの病院もマルムの…


 彼らは俺が思っているより、友でいてくれようとしていたんだ。俺は…俺は意外と恵まれているのかもしれない。気のいい友人が二人もいてくれて、母と会えて、この日常がずっととは言わないから続いてほしいと切に願った。


 けれどもそうはいかなかった。


 母の癌が悪化したといわれ、病院に向かうと俺は信じられない結論を言い渡された。


 それは母の乳癌が転移し、脳に移ったのだった。母はもう話せる力すらないらしい。そしてその癌は、もう助からないところまで来てしまったのだと。


 余命は三か月、たったそれだけ。


 父にそのことを伝えた、だがあいつは


 「悲しいな、それより須流真。お前に頼みがあるんだ」


 聞いてられなかった、それよりなんて言葉を聞きたくなかった。


 「知るか、俺はお前のために何かするとでも思ったか!俺はあんたがちゃんと、もっとちゃんとしていればよかったんだ…」

 電話越しに泣き崩れた、悔しかったし怒っていた。そんなぐちゃぐちゃな感情が、気持ち悪くて仕方がなかった。俺はその時悟った、嗚呼俺はまだ子供なんだと。


 それから学校には行かなくなった。ずっと家に籠もり、事実を否定し続けた。自身が見ない限り世界動かないと…


 誰もが俺に同情した、でもそうじゃないんだ。俺は同情が欲しかったんじゃない、でも俺はその解を知らない。

 そんなある日、家にあの二人がやってきた。


 「須流真!お前はこのままでいいのか?会ってやれよ、会うんだそして伝えたいことを言うんだ」


 無駄だ、母は…母さんはもう意識を取り戻さない。俺はその事実さえ認めえなければ、それは真実じゃない。


 「須流真君!君が病院であんなに幸せそうにしてたのは、お母さんが好きだったからじゃないの?」


 好きだったさ、家族が嫌いなんてそうそうないだろう。でもあの家族はもういない、みんな変わってしまった。

 誰より家族の為を思っていた父さんは無関心になり、あんなに笑顔が溢れていた母さんはもう笑わない。

 そして、誰よりも明るかった俺はこんな醜悪になってしまった。


 みんな変わってしまった。


 「須流真、行こう。お前だって何か思うことがあるから、今外に出ているんだろう?」


 「え?」

 

 翔一に言われて気が付いた、俺は彼らの言葉を聞くたび家から一歩また一歩と出ようとしていたことに


 「須流真君。行こう!後悔がないために」


 無駄だと思った、母をもう死んでるかもしれない。


それでも、


無駄かもしれなくても、


 俺は二人と共に走った、靴も履かず無我夢中でひたすらに走り続けた。あの顔をもう一度見たくて

 崩れた顔は、かっこよくなんてなかった。でも俺はその時自信が持てた、自分の欲した言葉を彼らはくれた。それが自分にとって大きな自信となった。


 「母さん!」

 

 病室に飛び込むと、虚ろな表情で外の景色を眺める母の姿があった。


 「須流真?おかえりなさい」


 その懐かしい声が聞きたかった。俺はさらに泣いて泣きじゃくって母の腕で泣いた。

 母さんは優しく頭をなでると


 「須流真、あなたもお父さんも私も変わってなんかいないよ」


 母さんは俺が見たかったあの笑顔を見せると、俺は痛かった。息ができなくなるほど泣いて泣いた。


 「お父さんはあなたのこれからを思って動いてる、だから大丈夫だからね。ああ、こんなに大きくなって。おかしいな私、須流真と一緒にいた記憶がほぼないや。」


 母さんは我慢していたように涙が零れ落ち、声を震わせた。


 「ごめんね、こんなおかあさんでごめんね」


 「大丈夫だ、俺にとって母さんは最高なお母さんだよ」


 俺も声を震わせっそう言う。


 「ねえ、いつか桜の木の下でお花見やってみたのよね~家族三人で、その時は須流真がご飯を作ってくれたりしてくれちゃったりしてさ」


 「ああ、いくらでも作るさ」


 「お父さんも夢だったのよ、いつかお花見がしたいってずっと言ってた。だからいつか・・・」


 そこで母さんは息を引き取った。


 「花見…か、いつか連れていくさ。みんなで行こう、桜の木の下で、その時は俺の料理は誰が食べてくれるんだろうな…」



 それから二か月ほど経った。俺は父の仕事場である、研究室に立ち寄っていた。


 「それで、頼みとはなんだ。父さん」


 「実験を手伝ってほしいんだ、須流真」


 そんな全貌を掴めない話に俺は理解できずにいた。


 「私から詳しく話すことはできないが、そうすればお前だけは助かるのだ」

 

 ますます理解できなかった。


 しかし、俺は父さんの言葉を一度信じてみることにした。だって父さんは、俺の父さんであの優しい父さんだったから。


 「俺に危害はないならやってもいい。その代わり、いつか花見に行こう」


 母さんから残されたその言葉で、父さんが変わるかもと最後に望みを言葉に託した


 「その時は母さんといっしょがいいな、でもそんな日は訪れない。今はそれより実験が大事だからな…」

父さんがそう言うと俺は失望を隠せなかった。母さんが残した言葉でさえ父さんは変わってはくれないのかと、


 「そうか、それは叶いそうにないな」

 

 やはり父さんは、腹立たしいほど無責任だ。もう俺は、父さんの言葉うまく聞けなかった。

 

 その後は妙な実験で俺にはひとかけらの光った何かを食べさせられた。


 その光った何かは、〈アンブロシア〉と研究者の間で呼ばれているらしく。なんでもマルムコーポレーションに勤める一人の天才科学者が生み出したんだとか。


 食べるだけ食べても体に異変は感じられなかった。でもなんだか胸騒ぎが止まらなかった。それはまるで、未知の何かが世界ごとくらうような何とも気味の悪い感覚だった。


 それが関係しているのか、俺はこの研究施設で『アンブロシア適合被験者02番』と呼ばれるようになっていた。

 少しいいようにされているようで気に食わなかったが気にしないことにした。ただ俺はあの光った〈アンブロシア〉を口にしたとき、何処からか湧いてくる力に希望を見せられていた。


 すると、俺の背後に忍び寄った影があった。


 かと思えば急に顔を近づけ


 「ハロースルマ、お前を新天地へ案内するぜ!」


 俺は驚き退いた。そいつの容姿は研究者と呼ぶにはいささかラフすぎる服装で、40半ばといったところだろうか。


 「源須流真、お前はぐちゃぐちゃなやつだな~まあ、異世界という名の地でお前がこれから戦うことに選定されたわけだが、覚悟のほどはどうかな?」


 そう言ってきたやつは、どこか俺を見透かすように


 「未だに父親を憎んでるんだろう?まあ、それも悪くはないと思うけどな。強くなりたいか?」


 当然だ、弱きものを助けるのが強きもの。父は弱きものゆえ、母を助けられなかった。


「じゃあ、お前はそれでいいんだな」


 そいつにそう言われ目をもう一度合わせると、そこで俺は意識を失った。


 俺は、父のような弱きものにはならない。だから強くなって見せる。孤高にそして最強になるために・・・



~~~



 あれからどれほど経ったのかわからないが、俺は孤高とは全く逆の生活をしている。


 それもきっと多分、総助こいつのせいであろう。俺は孤高に生きようと心に決めたが、総助こいつの隣にいつの間にか当たり前のように俺の姿はあった。


 母のこと父のことは何度も思い出し、つらくなる。


それでも俺は、もう立ち止まらない。志は変わらない。


 俺はいつか強くなる。弱者である俺のような奴を助けられるほどの力を手に入れるため、一人でも強くなって見せる。


 でも、あと少しだけ総助こいつの隣にいることも悪くはないのかもしれない…

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